小説 川崎サイト

 

冬眠博士

川崎ゆきお



「妖怪博士」
 妖怪博士付きの編集者が呼んでいる。
「妖怪博士、妖怪博士」
「おお」
 布団から声。
「冬眠中ですか」
「ああ、寒いのでなあ」
「カギを掛けないで寝るのは危ないですよ」
「取られるものは何もない」
「そうですねえ」
「まあ、取られると不便になるものもあるが、そんなもの市場では何の値打ちもなかろう」
「また、妖怪談お願いします」
「寝起きなので、調子が悪い」
「あ、はい」
「今日はまあ、なしだ」
 妖怪博士は、まる寝、つまり着替えないで寝ていたようだ。
「長い昼寝をするとなあ、これが本寝でないかと間違うことがある」
「夜は夜で休まれるのでしょ」
「寝ることは寝る。十分な」
「はい」
「そして、昼も寝る。この時間帯は起きている時間じゃが、そこでも寝る。だから起きているはずなのに寝ているのだから、これは冬眠だ」
「そうなんですか」
「まあ、冬に眠ると冬眠かもしれん。夜でも昼でも」
「それはないと思いますが」
「うむ」
「夢の中に出て来る妖怪はどうでしょうか」
「それは、以前やったのではないか」
「いえ、一匹とは限らないでしょ」
「夢か、それは何とでも言えるが、最初から形もない夢の世界での妖怪では大差ないだろう」
「大差とは」
「うむ、どちらも夢なのじゃ。やはり現実と絡んでこそ妖怪も生きる。夢の中に現れる妖怪など、夢の中で夢を見ておるようなもので、やはり絡みがないと駄目だ」
「誰もいない草原に、妖怪がぽつんといるとかですね」
「そうそう、草原でも野原でもいい、これは現実のものじゃ、そこに混ざり込んでいるからいいのじゃ」
「しかし、最近は原っぱなど、あまりありませんねえ」
「何も使われておらん空き地に、草が伸びたような場所じゃな」
「そうです。山の中に行けば原っぱは多くあると思いますが」
「あるのう、木が生えておらん。草ばかりの場所。草原かな。何故にも木が立っておらんのような禿げ山じゃ。その近くの山はびっしりと木が生え茂っておるのになあ。その禿げ山、木が枯れたわけじゃない。何故か木が恐れてそこで芽を出そうとせん。鳥や風が種を運んできているはずなのだが、駄目なんだ」
「人が生やさないようにしたのではありませんか」
「いや、そんなことをしても使いようのないような山じゃ」
「博士はそんな山を見られたのですか」
「ああ、若い頃なあ。ぽつんとそんな山があったのう。ゴルフ場かと思ったわ」
「それは地質の関係かもしれませんねえ」
「そこだけのう」
「はい」
「世の中にはそういう地所が街中にもある」
「そうなんですか」
「草も生えんような場所じゃ」
「生えるでしょ。雑草ぐらい」
「そういう意味ではなく、どんな店が出来ても、流行らんのだ」
「ああ、ありますねえ。とっかえひっかえ店が出来るのに、どの店も撤退、撤退。これは地霊でしょうか」
「地下水や、悪い風の通り道かもしれんのう」
「それは風水ですね」
「地霊ではないにしても、ややこしいものが発生しやすい場所なのじゃ」
「それは何でしょう」
「さあ、何か嫌がるような空気があるのだろうなあ」
「誰が嫌がるのですか」
「店屋なら客だ」
「そうなんですか」
「しかし、周囲の建物を取り払っても、まだ怪しいとなると、地層や地下水かもしれん。また悪い風の通り道でな」
「風の道があるのですね」
「日本全国至る所に、何々風という風がある。季節風だろう。その土地の地形で独自の流れも加わる」
「しかし、なかなか妖怪の形になりませんが」
「特異な風ではないからじゃ」
「博士、そろそろ冬眠から起きて下さい」
「ああ、そのうちな」
 
   了


 


2014年3月11日

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