小説 川崎サイト

 

レトロ郵便局物語

川崎ゆきお



「私の時代は終わったなあ」
 石田は久しぶりに大きな町に出て、そう呟いた。
「あの映画館もなくなっている。喫茶店も。駅も別の建物で、すっかり様変わりした。
 石田は駅近くにある大きな郵便局の跡地を見ている。
「ここにあったのが嘘のようだ」
 一刻も早く郵便物を出さないといけないとき、ここに出しに来たのだ。そして、郵便局の地下に食堂があり、その入り口が地下街の秘密のドアから入れることを知っていた。関係者以外立ち入り禁止となっているが、郵便局の地下と地下街を繋げる通路なのだ。中に秘密の部屋が隠されているわけではなく、郵便局の食堂に出る。
「あの穴はどうなったのだろうなあ」
 と、呟くが、今はもう郵便局への用事はない。
 そこへ、坊主頭の入道が現れた。妖怪ではない。大きな男で着流しだ。足元を見ると草履を履いている。こういうスタイルで歩けるのは大きな町に限られるだろう。または極狭い範囲の町内だけ。
「あなたの物語は終わったようですね。しかし、物語そのものも終わっているかもしれん」
 その日、石田は田舎紳士のような服装をしていた。石田はそれを自覚していたので、この入道殿はきっと詐欺師だろうと睨みを付けた。
「町には物語がある。その物語はあなたが織りなしたものだ。もう関わりがなくなれば、遠い昔の物語になる」
「郵便局もですかな」
「ああ、この古いレトロな建物には物語があった。しかし取り壊されると物語も消える。まあ、ライブラリーに入るのだろうが、それを取り出す術は滅多にない。もう既に忘れ去られた物語になる。省みる人が少ないとな」
「私は、この郵便局へ速達を出しによく来ました」
「それはあなたの物語ですな」
「そうです」
「郵便局物語に付いているエピソードの一つじゃ」
「ここは空襲でも燃えなかったのです」
「まあ、不便になるから、狙わなかったのじゃろ」
「不便」
「占領後のことを考えてな。鉄道もそうじゃ」
「では、空襲を免れたことも、この郵便局物語のエピソードになりますかな」
「ああ、なるのう」
「それで、あなたは」
「何か」
「だから、あなたは何ですかな」
「ああ、わしは語り部じゃ。物語のな」
「琵琶法師のようなものですか」
「琵琶など持ってはおらん」
「あ、見れば分かります」
 入道は手ぶらだ。
「それで、何か私に用事ですか」
「語れる相手を見付けたので、語っているだけ」
「物語をですかな」
「その物語なのだが、それもまた今はもう必要ではないのかもしれん」
「どういうことですか。思い出話とかは必要でしょ」
「わしが語りたいのは町の物語なのじゃ」
「はあ」
「この界隈の物語を、今読んでおる」
「本ですか」
「いや、観察しながらな」
「はあ」
「まあ、よい。物語など万とある。万では効かぬかもしれん。人の数ほど物語がある。同じ町でも人の数ほど町物語がある」
「難しそうな話ですねえ」
 入道はにこやかな顔をする。
 石田は、この詐欺師が次に何か言い出すのではないかと、警戒する。
「そして、分かったことがある。いや感じたことかな」
「はい」
「物語を物語りすぎたことを最近思う」
「あ、はい」
 何処から詐欺を始めるのか、石田はまだ警戒している。
「物語は捏造される」
「本当の物語は別のところに隠されていると」
 この別のところへアクセスするには、この価格が必要という詐欺ではないかと思い、石田は敢えて誘った。
「それが見付からぬのでウロウロしておる。真の物語とは何かを探してな」
 石田は、そういうフィクションを聞いた覚えがある。詩だろうか。
「この郵便局の地下に食堂があり、その通路があることを知っておるか」
「知ってます」
「ほう、驚いた」
「何度か入ったことがあります」
「うーむ、大ネタを噛ましたのに、知っておられたか」
「はい」
「では、退散、退散」
 入道は去って行った。
 その物語を知っている人に話しても、受けないと思ったのだろう。
 しかし石田は、その食堂の思い出話をもっとやりたかった。
 
   了



2014年3月18日

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