小説 川崎サイト

 

三階のトラップ

川崎ゆきお



 田中はショッピングビルの非常階段を上がっている。その建物の裏口から入るので、奥まったところにある非常階段が近いのだ。裏といっても決してこそこそ入るような入り口ではなく、自転車置き場などもある。殆どの客は正面から入るのは、幹線道路と面しているためだろう。
 その非常階段とエスカレーターの距離は結構ある。エレベーターは近くにあるが、用は二階の喫茶店にあるため、待つのが面倒だ。
 それで運動も兼ねて階段を上がり、二階フロアに抜け道のようにある通路を通る。建物の裏側らしくトイレや喫煙室がある。
 階段は一度踊り場に出て、折り返すようにして上へ向かう。手すりの下を見ると、地下まで見える。上もそうだ。僅かな隙間なので人が落ちるようなことはない。そこまで広くはない。
 田中は踊り場に出て、同じ段数を引き返すように二階フロアに出ようとしたとき、ふと三階が気になった。この建物は四階か五階はある。地下は駐車場だが、屋上へ行くまでのフロアも駐車場になっていたような気がするが、それは本館と別館があるため、混乱している。どちらにしても上へ行く用はない。
 ところが、ふと気になって三階へ続く階段を踏んでしまった。二階は喫茶店や衣料品店が入っており、確か三階は台所用品や寝具などが売られている階だと思う。一度間違って上がってしまったことがあり、そこに鍋が並んでいた。
 三階へ向かう踊り場で、また同じように折り返すように階段を上り、三階フロアに出た。二階よりも陳列が伸びやかで、棚と棚との間隔も広い。
 田中はそれを見ただけで、もう、引き返そうと思った。今度鍋を焦げ付かせたりしたときは、ここに買いに来ればいい程度の情報を得ただけだが、それで十分だった。
 では、ふと気になって三階へ……は何だったのだろう。何かに引っ張られ、誘われたのではと勘違いしたのかもしれない。それらしいものとは遭遇しない。当然といえば当然だが、いつもはそんな気など一度も起こったためしがない。三階へ上がろうなどと……。
 やはり気になったのか、同じ非常階段を引き返すのも芸がないと思い、喫茶店がある真上辺りまで進んでみた。布団やカーテンが並び、その後はかなりスペーが空き、三角ベースの野球が出来そうな空間があった。子供用品やおもちゃなどが売られている。何かのイベントのときに使う広場になるのかもしれない。客はいないが店員はいる。
 喫茶店近くにエスカレーターがあった。だから、それが上の階とも繋がっているはずだが、位置関係がよく見えない。エスカレーターは上と下とでは乗り口が違うことがある。まあ、それでも僅かな距離だろう。
 エスカレーターの表示があったので、その矢印に進む前に、もう見えてきた。
 そして、田中はエスカレーターでいつものフロアである二階へ下りた。
 さて、それで下りたはずなのだが、見知らぬフロアで……ということはなかった。衣料品店が多いためか、マネキンが季節の服を着ている。もう春だ。しかしまだ寒いため、薄着に見える。そして、喫茶店もすぐそこだ。
 喫茶店は建物の奥にあり、トイレも近くにある。その通路が非常階段から続いている。その通路を石田は右手に見た。本来なら、ここから来ていたのだ。
 そして、喫茶店のドアを開けると、いつもの店内で、いつものバイトがいる。
 特に異変はない。何もない。
 しかし、ふと三階へ上がろうとしたのは、何だったのかは謎のままだ。
 きっと三階にはトラップがあったのだが、田中は運良く踏まなかっただけなのかもしれない。
 
   了


 


2014年3月19日

小説 川崎サイト