小説 川崎サイト

 

フライング桜

川崎ゆきお



「暖かくなってきましたなあ」
「春ですよ」
「油断大敵」
「何処に敵が」
「まだ冬の寒気が残っておる。残党だ。これがいつ襲ってくるやもしれん」
「そんな大層な」
「薄着などし、風邪など引くとつまらん」
「まあ、そうですが、桜も咲いていますよ」
 年寄り達の休憩所としてよく使われている公園内にある東屋から桜が見える。横にある家の庭に植えられた桜の木だ。
「あれは違う」
「梅じゃないですよ。桜ですよ」
「あれはねえ、早咲きでねえ。あれを信じちゃいけない」
「朝なんて、まだ陽が昇る前からウグイスが来てますよ」
「おおそうか。ウグイスは欺されてもわしは欺されん。あれはフライング桜じゃ」
「早く咲く品種でしょ」
「それを植えたところに、あの屋の人物が窺われる」
 その家は昔からある家ではないため、この年寄り達とは縁がない。だから、どんな人が住んでいるのか、しっかりとは分からない。
「普通の桜じゃ芸がないので、フライング桜を選んだんじゃないですか」
「何処で」
「さあ、家を建てるとき、植木屋で」
「あの家、いつ建ったんだっけ」
「さあ、もうかれこれ二十年は経つでしょう。この近くの家、ほぼその年代ですよ」
「そうだなあ、この公園、田圃の真ん中にあったなあ。こんなものなくても、わしらは田圃で遊んでいたんだから」
「そういう割り当てがあるんでしょ。うちの町内、公園がなかったじゃないですか」
「神社の境内があった。あそこで野球をしたぞ」
「だから、こう、児童の遊戯物というか、ブランコとか、そういうのがいるんでしょ」
「まあ、それはいいが、油断していると風邪を引くので、わしは戻る」
「大丈夫ですよ。岸和田さん随分と厚着だし、それに今日はぽかぽか陽気で暑いほどですよ」
「うむ、汗ばんでおる」
「そうでしょ。脱ぎましょう。そんな鎧のような服」
「いや、これはもうわしの体の一部になっておってなあ。これがないと外に出たとき、裸のように感じてしまう」
「クリーニングにも出さないといけないでしょ」
「まあな、この殻をいつ脱ぎ捨てるかが問題なのじゃよ」
「暑けりゃ脱ぎますよ。問題にしなくても」
「そうか、しかしわしはこれを脱ぐのを儀式にしておる」
「はいはい」
「去年は早い目に脱いで風邪を引いた」
「だから、寒い日はまた着ればいいじゃないですか」
「いや、一度儀式を行うと、もうこの上着は洋服タンスの一番奥に突っ込む」
「クリーニングは」
「まだいい」
「はい」
「じゃあな」
 岸和田は鎧武者のように歩き出し、早咲きの桜の横を通り過ぎていった。
 
   了



 


2014年3月24日

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