小説 川崎サイト

 

古典と今風

川崎ゆきお



 武田は懸命にやった仕事なのに評価されず、腐っていた。かなり肩入れし、熱心にやった仕事なのだが、それは武田自身の問題で、その熱量がそのまま評価されるわけではない。
 時代が、そのやり方とそぐわなくなったのかもしれない。以前は価値があり、誰もが一目置く仕事なのだが、需要がなくなったのだ。
「武田君がやっているのは、もはや古典なんだなあ。古典は常用しないだろ。たまに見るかもしれないが、もっと今風なものの方を多く見るはずだ」と、友人の河野が語る。
「今風か」
「そうだよ」
「しかし、今風では本格派の醍醐味がないじゃないか」
「その本格派がしんどくなったんだろうよ。だから、喰う奴が減った」
「でも、まだまだいるだろ」
「いるけど、右肩下がりだ。そちらにはもう未来はない。将来はない」
「でも、需要はあるんだろ」
「ああ、あるにはある。それなりに残るだろうけど、逆に君程度の力では生き残れないよ」
「ああ」
「その道のトップクラスでないとね」
「一杯上がいるなあ」
「そうだろ。居残れるのはトップクラスだけ、だから武田君も鞍替えすることだね。実力はなくても、需要が多い仕事なら、そこそこやっていけるから」
「ああ、考えてみるけど、この前やった仕事、自分でもよくやったと思うんだけどなあ」
「それは、君がそう思っているだけで、大した仕事じゃなかったんだよ」
 武田は言われてみれば、その通りで、一言も返せない。やはり今風な仕事へ移行すべきなのかもしれない。と思うものの、それでは好きでやっていた仕事が、それほど好きではなくなる。今風に変えると、もう醍醐味がないのだ。
「どうだい、決心したかい」
「そのつもりだけど」
「そうかい、じゃ、紹介してやるよ」
 武田は河野から名刺をもらった。河野も鞍替えし、今風の仕事をやりだしていたのだ。その名刺の裏に簡単な紹介文がついていた。この人、よろしく、程度の。
 武田は名刺の住所まで行き、それらしい雑居ビルを見つけたが、その前に人の群が目に入った。焚き火をしている。
 武田は、その中の一人に名刺に書かれている会社名を言った。
「ああ、ここだよ」
「この人出は?」
「待ってるのさ、仕事が入るまでね」
「入るって」
「仕事が発生すれば、社の人が降りて来るから」
「あ、そうですか」
「尻尾は、もっと右だよ。この玄関を回り込んだ、向こうの路地だよ」
 武田はその露地に入った。一列に並んでいる。
 徹夜でチケットでも買いに来た風景に近い。
「今風で、需要の多い仕事だけど、これではなあ」
 武田は並ぶことを早々に諦めた。
 そして、今風ではなく、もう古典になり、今では大家しか飯が食えない仕事に戻ることにした。
 これは、怠けているだけなんだなあ、と呟きながら。
 
   了
 


2014年4月2日

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