早朝喫茶
川崎ゆきお
「春になると眠くなります」
「春眠暁を覚えずですか」
「日没を待たず、眠くなります」
「私など早く起きてしまい、朝食までの時間が長いので、何をして潰そうかと毎朝思いますよ」
「眠れないのですか」
「いや、満足を得るまで寝ています。しかし、早い」
「早く休まれるためじゃないのですか」
「それもありますが、夕食後すぐに寝るわけじゃない。特に早寝ではないのですよ」
「私は早寝することが多くなりましたなあ。夕食まで起きているのが一杯一杯のときがあります。それで食べると、バタンです」
「しかしここは良いですなあ」
二人は喫茶店の椅子にいる。住宅地の中の奥まった場所で、誰も入り込まないような路地の果て。
「ここを見つけたときは嬉しかったです」
「三時頃開いてますよ」
「そうなんですよ。卸屋の市場のようにね」
当然、そんな市場は近くにはない。
「朝定食にうどんがあるのが良いですなあ」
「私は朝粥定食が好みです」
「私も、一度食べました。付いてくる味噌汁にジャガイモが入っているので、感動しましたよ」
客は他に数組いる。いずれも、早く起きすぎた人達だ。
「しかしこの店、日が出てしばらくすると、閉まるようですよ。そんな時間までいませんから、よく分かりませんが」
「そうですねえ。何時頃までやっているのでしょうなあ。お昼は確実に閉まってますよ」
「まあ、日が出てからは、早く開いている喫茶店が他にもあるから、ここは必要じゃない」
「そうです。三時が二時になれば、もっと良いかもしれませんねえ」
「そうそう。私もたまに二時頃目が覚めることがあります。これはねえ」
「はい、何でしょう」
「休憩なのか、ここが眠りの終点なのかが分からない。紛らわしいタイミングがあります」
「そうですねえ、眠っているとき、何度か起きますよね。その後、まだ眠りが残っていて、大概は寝てしまうのですが、ここが終点ですよと、なることもあります」
「それが二時頃に」
「はい、そのまま起きてしまったりします。まあ、滅多にないですが」
「私はたまにあります。二時にもう満足なほど眠ったと思えるどの目覚めでね。しかし、二時だと起きてはまずい。朝まで相当長い」
「暗夜行路ですな」
「白樺派ですよ」
「あれは文体がいい。話は何も起きなくても、活字を追うだけでも楽しい。ああいう小説、もうないのでしょうかなあ」
「物語を追いすぎると駄目なんですよ。あらすじを読んでいるような感じになりますからねえ」
店のマスターは若い人で、夜型の生活をしているらしい。昼間寝ているのだ。昼夜逆転の生活をずっと続けており、それが一向に反転しない。そこで、もう諦めて三時から営業する喫茶店を開いた。資産家の孫だから出来たのだろう。
店は常連さんだけだが、流行っている。しっかり需要があるためだ。
噂を聞いて客も増え、朝は常連だけでも満席になる。
それで、増築して席数を増やすことにした。消防法か何かに引っかからないよう、応接室として。
了
2014年4月3日