小説 川崎サイト

 

幻の花見

川崎ゆきお



「今年は花見に行かれましたかな」
「ああ、桜の」
「行かれましたか」
「花は、まあ、毎日見てますよ」
「やはり、花見と言えるのは桜でしょ」
「そうですなあ。花は桜に人は武士ですなあ」
「それで花見は」
「花見ねえ。近所の桜は見ましたが、これじゃ駄目でしょうなあ。花見の宴に参加しないと。しかし、もうお呼びがかからない。誘ってくれる人もいない。だから、今年はまだ行ってません」
「そうですか、じゃ、ご一緒にどうですか」
「え、あなたと」
 二人は散歩中、自販機の前でよく合う程度の仲で、何処の誰だか互いに知らない。しかし、毎日のように顔を合わす。散歩でこの自販機前に来る時間が同じなのかもしれない。そのため、互いに出る時間をずらすと、遭遇しない。
 二人共自販機で缶コーヒーを買う。この偶然も珍しい。水分を補給しなくてはいけないほどの散歩距離ではないので、ただのコーヒー好きなのかもしれない。しかし、二人共そうだというのは、これも珍しい話だ。
 ただ、この二人が遭遇する前は、自販機で缶コーヒーを買うのは毎回ではなかった。
 ある日、自販機前のベンチで缶コーヒーを飲んでいると、もう一人の散歩人も同じように横に座り、缶コーヒーを飲みだした。同じパターンだ。
 そして、一言二言話すようになる。
 やがて、互いに意識するようになったのか、あの時間あそこへ行くと、あの人がいるのではないかと、思うようになった。
 これも互いにそうだったようだ。
 この二人、風貌もよく似ている。着ているものも似ている。
 会話といっても、大した話ではなく、差し障りのないような、天気の話や、近くにある店屋の話や、たまに政治や経済の話、病気の話などをするが、それほど突っ込んだ内容ではない。
 これは変だと、一方が気付いた。もう一方も、それを感じた。
「山桜などはどうですか」
「ああ、いいですなあ」
「少し山に入るので、歩きますが、大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫ですよ。こうして毎日歩いているので、足は達者です」
「そうですか、で、弁当などいらないでしょう」
「そうなんですか」
「面倒でしょ。その辺で買えばいいし、茶店も出ているので」
「はい、分かりました。行きましょう」
「それは有り難い。実は私も誰からもお誘いがない口でしてね。で、一人では寂しいので、誰かと行きたかったのです」
「私もそうです。本当は行きたかったのですよ」
「それはいい。じゃ、決まりですね」
「はいはい、よろしく」
 二人は日時を決め、別れた。
 当日は近所の散歩には出掛けず、待ち合わせの駅前へ二人共向かった。
 そして、一方の言うことには、片一方が来なかったとか。
 当然、もう片一方も同じことを言っていた。
 その後、あの自販機の前を通っても、二人は出合うことがなかった。
 それで、あのベンチで缶コーヒーを飲む習慣も徐々になくなった。
 二人は互いに思い出す。あの人は何だったのかと。
 
   了


 


2014年4月6日

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