小説 川崎サイト

 

黒い影

川崎ゆきお



「日はこんなに長かったですかなあ」
「昼間の時間が長くなったのですよ」
「ああ、そうですなあ。もう春ですから」
 老人は歩道を歩いている。久しぶりの散歩だ。
「いや、そうじゃなく、影はこんなに長かったでしょうかなあ」
 老人は道脇にある四階建ての下にいる。
「え、影ですか」
 影は歩道から車道まで覆い、その向こうの歩道からは日が当たっている。さらにその向こうは二階建ての住宅地が続き、空は雲一つなく、よく晴れている。
「さあ、そんなものでしょ」
「私が冬の初め頃、見た影の長さに近い」
「時間にもよると思いますが」
「いや、私は散歩に出る時間は、決まって朝食後でな、これは嫁が作る。しっかり同じ時間に食べておる。息子がそれを食べ、会社じゃ。子達は学校。しかし、今は春休みのようでな」
「はい」
「こんなに地面が黒かったかなあ」
「だから、影が出来ているのですよ」
「それは分かっておるが、冬場留守にしておったので、繋がりがよう分からん」
「別の場所におられたのですか」
「いや、この散歩コースを留守にしておった」
「はい」
「寒いので、散歩に出られんかった。だから、大留守じゃ。そのため、繋がりが切れたはずなのに、同じなんじゃなあ」
「日が短くなる時期と、日が長くなる時期なので、似ているのでは」
「そうじゃな。しかし、こんなに地面が黒いのは少しおかしいぞ」
「だから、日陰なので」
「いや、闇のように濃い」
「コントラストが強いからでしょう。よく晴れているので、ほら、あちらは非常に明るい。眩しくて、見てられないでしょ」
「そうかなあ、これはただの黒塗りではないのか」
「日陰です」
 老人は、その通行人と会話を終え、日陰の歩道を歩いて行く。
 そして、四階建てのビルを通り過ぎ、駐車場の横に入った。そこは日を遮る物がないので、歩道には日が当たっている。
 老人がそこを歩いているのだが、真っ黒だ。
 通行人は、これは光線の加減で、そう見えるのだろうと、気にもとめなかった。
 
   了


 


2014年4月8日

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