小説 川崎サイト

 

百均とママチャリ

川崎ゆきお



 町で羽振りのよかった高木だが、今は寄る年波で、現役から退いている。いい時期に引いたというより、仕事がなくなったので、やめたのだ。
 高木がママチャリで町内を走っていると、石田と言う同業者を見た。声をかけようかどうかと迷っているうちに、消えてしまった。車が横切ったので、一瞬見えなくなり、そのあと前方をよく見たのだが、いない。
 枝道に入ったのではないかと思い、次の交差点まで急いで走った。
 すると狭い路地をゆくスーツ姿の石田がいた。この路地は古くからあり、旧家がまだ残っている。
 大きな倉があり、その建物の玄関が路地に面している。そこへ石田が入っていった。
 高木もよく知っている場所で、その家は質屋だ。サラ金へ行くのなら分かるが、質屋に何の用があるのだろうかと高木は興味を抱いた。
 石田が入ったあと、高木も続いて入った。
「ああ、高木さんじゃありませんか。久しぶりですねえ」石田が先に声をかける。
 小窓から、質屋の主人も高木に会釈する。高木は何かの寄り合いで何度か合ったことがある。仕事的には繋がりはないが、主人とは面識はあるのだ。
 それは高木がこの町の顔役だったためだ。
「まだ、質屋などやっているのですかな」
「ああ、まだねえ」
 質屋が表看板なのは高木は知っている。本職は裏でやっている。
 同業者の石田が質屋に来たのは質草を持って、ではない。裏の話があるのだろう。
「悪いところを見られてしまった」と石田が白状する。
「何か面白い話でも」
「ちょいと出物がありましてねえ」質屋の主が話を引き受ける。
「ああ、そうなんですか。それじゃ、私はおじゃまだ」
 石田と質屋は互いの顔を見る。
「いや、ここで失礼するよ。石田君を見たので、つい声をかけたかっただけだから」
「まあ、そう言わず、高木さんもどうです」
「何が」
「いやいや」
「妙なことを企んでいるのでしょうねえ」
「まあ、そういうことです。ここは高木さんにも加わってもらえれば、大助かりなんですがね」質屋が作り笑いで、そう頼む。
 石田は「うんうん」とばかり何度も頷いている。
「いやあ、私はもう引いた身ですからなあ」
「面白い話があるんですがねえ」
「石田君も、困ったことがあっても、ここには来ない方がよろしいですぞ」
 質屋がむっとする。分かりやすい顔だ。
 高木はそれだけ言うと、表に出て、ママチャリに乗り、百均へ向かった。
 高木は彼らが何を企んでいるのかは知らないが、おおよそ察しは付く。
 昔の高木なら、すぐにその企てに加わっただろうが、今は面倒に思えるだけだ。
 羽振りがよかったのは一瞬で、その先の将来が今ある。ママチャリで百均へ行く暮らしが。
 
   了

 

 


2014年4月10日

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