小説 川崎サイト

 

黄色い下駄箱の謎

川崎ゆきお



 下田は伯父の家に行った。一人暮らしの伯父はそれほど高齢ではないが体調がよくないらしい。それで、近くに住んでいる下田が、たまに様子を見に行くよう親から頼まれ、散歩のついでに寄るようになった。毎日ではない。週に一度あるかないかだ。
 下田も若くはないが、職を失い、うろうろしていた。散歩もうろうろなので、相性がいいのだろう。やることがないので散歩によく出ている。
 伯父の家は一戸建ての古い家で、この辺りはそういう家が多い。そして、老人夫婦だけとか、一人だけとかの家も。
 下田は玄関のブザーを押しが、反応がない。昼寝でもしているのかもしれない。
 少し待つが反応はない。
 留守かもしれないが、何かあったことも考えられる。そういうとき用の鍵がある。玄関脇に使っていない木製の牛乳箱がある。その底に石鹸入れがあり、その中に鍵が入っているのだ。古い石鹸の下に。
 下田はそれを使い、中に入った。
「伯父さん、伯父さん。僕ですよ」
 しかし反応がない。二階にも部屋はあるが、伯父は使っていない。昔の子供部屋のようなもので、家を出た息子や娘が里帰りしたとき用だ。
 一階は和室なので、見晴らしがいい。
 いつも伯父がいる居間を見る。春先なのだが、まだ寒いため、炬燵がでんとある。いつも座っている座椅子の背もたれが意外と高いことに気付く。
 炬燵の上は灰皿とテレビのリモコンがあるだけ。
 寝室は奥の四畳半にあり、そこを見るが、布団はあげられている。だから、出かけたのだろう。
 玄関の廊下に下駄箱がある。三和土にはサンダルだけ。居るのなら運動靴があるはずだ。それはいつもは出しっぱなしにしてある。それがないのだから、出掛けたのだろう。
 その下駄箱の上が黄色い。
 何だろうと思いながら見ると、花びらのようだ。それが花瓶の周囲に散らばっている。生けていた花びらが落ちたのだろう。
 黄色い小さな花びらは菜の花ではないかと下田は思った。しかし、これだけでは何の花かは分からない。
 下田の他に伯父の家に出入りしているのは、息子と娘や孫だろうが、滅多に来ない。だから下田が頼まれて、様子を見に来ているのだ。
 しかし遠くから来て、菜の花だけを生けて帰るだろうか。花を持って来るとすれば、亡くなった叔母さんの仏壇だろう。
 だから、この菜の花が謎だ。花が枯れたので、茎は取り払って、捨てたのだろう。ゴミ箱を見るほどのことではないので、そこまで下田は調べない。
 そのとき、ガクンと音がした。大きな音だ。下田は驚き、腰が引けた。これは身構えたと言ってもいい。
 音の正体は玄関が一気に開いたためだ。
「鍵をかけて出たはずなんだけどなあ」
「ああ、僕です」
「そうか、部屋で倒れているんじゃないかと、入ったんだね」
「はい」
「ああ、無事だよ」
「それより、これ」
「え、何だ」
 下田は下駄箱の上を指差した。
「花瓶だろ。それが何か。おまえのお母さんが持って来たものだよ。何かのプレゼントだったかなあ。忘れたが」
「それじゃなく、この黄色」
「ああ、花びらだよ。菜の花の」
「片付けるのを……」
「いや、忘れた訳じゃない。花が散って落ちているのは知っていたが、壷の周りを取り囲むように、見事な落ち方だったのでな。捨てるのは惜しい。まだ黄色いしな」
「生け花じゃなく、敷き花ですね」
「ああ、うまいことを言うねえ。君は、それでまだ職は決まらないのかね」
「あ、はい」
「まあ、私は無事だから、もう帰ってもいいよ」
「はい」
 下田は解放された思いで、退散した。
 
   了

 

 

 


2014年4月11日

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