小説 川崎サイト



ひと船のタコ焼き

川崎ゆきお



 幸田は見窄らしい格好をしていた。会社を辞めてから服装をかまわなくなり、髭も伸び放題で、髪の毛もぼさぼさのまま、散髪にも行っていない。たまにハサミで自分で切っていた。
 そろそろバイトでも見付けようかと考えていたが、あと数カ月は食べていけると思うと尻に火がつくタイミングを先延ばし出来た。
 長く働いてきただけに、毎日が日曜日のような生活が楽しく、この生活から卒業出来ない。一日経過するたびに社会復帰への足腰が重くなる。
 幸田はその日も駅前に出た。ちょうど帰りの通勤時間帯なのか人が多い。毎日駅前に出る日課を続けているのは、社会との軽い接触を維持したいためだ。
 特に何かをするわけではない。勤め人を見ているだけだ。いつかは同じように通勤電車に乗る日が来るはずで、その線を捨てないための日課だ。
 駅前にタコ焼きの屋台が出ていた。いつものタコ焼き屋のワゴン車ではなく、手押しの屋台だった。
 幸田はどんなタコ焼きなのか、興味が沸いた。
「ひと船ください」
「お金持ってるの?」
 幸田は屋台のおばさんの独り言かと思った。
「ひと船ください」
「お金持ってきた?」
 独り言ではないようだ。
 幸田は書かれている値段分の小銭をポケットから出そうとした。
「お金が出来てから買いにおいで」
 幸田は小銭を集めたが足りない。
「施しはしないからね」
 幸田は尻のポケットから札入れを出した。万札しか入っていなかった。
「生きていりゃいいことあるからさ、諦めちゃだめだよ」
 幸田は札入れを仕舞い、ポケットをまた調べた。掌に乗せ、数え直した。三円ほど足りない。
「まけないからね。値切っても駄目だよ。一つ売りはしないからね」
 幸田は小銭を仕舞った。そのままズボンのポケットに手を入れたまま去ろうとした。
「働かないあんたが悪いんだよ。みんな苦労しているんだからね」
 幸田は、おばさん自信のことを語っているのだと解釈した。
 そして、こういうおばさんの焼くタコ焼きはどんな歯ごたえなのか、ちょっと気になった。
 
   了
 
 



          2006年12月12日
 

 

 

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