小説 川崎サイト

 

ハンガリーの話

川崎ゆきお



 老紳士がぼやいている。
「最近話を聞くのが億劫になりましてねえ」
「耳が悪いとか」
「そうじゃないが、話の中には世界があるでしょ」
「ああ、世界ですか」
「日本と世界の違いじゃなく、その話の中身だよ。具体的な」
「はい」
「それに付き合うのが億劫でねえ」
「そうなんですが、でも面白い話も多いですよ」
「たとえは、最初からハンガリーのとある農村で……となると、もういけない」
「日本人が出ていてもですか」
「ハンガリーなんて知らないよ。そんな外国での話なんて、聞きたくない」
「具体的になると駄目なのですか」
「そうじゃないが、知ってる話の方がいいねえ。知らない土地でも、東京の池袋が舞台なら、何となく分かる」
「はい、新宿、渋谷、銀座とか、分かりやすいですよね」
「しかし、大阪の平野になると駄目だ」
「何処ですか」
「地名だよ。古い町だ。平野区だ。大阪まではいい。しかし平野になると駄目だ」
「河内はどうですか」
「それはいい。場所はねえ名前のない町でいいんだ。山の中とかでもね。下手に地名が入ると知らないだけにいらいらする」
「そ、それは」
「だからハンガリーで暮らす日本人の日常なんて、聞きたくもない」
「事件でもあれば、いいんじゃないですか。その事件が面白ければ」
「いや、人物名が覚えられんし、地名も分かりにくい。地形もね」
「じゃ、どういうのなら、いいのでしょうか」
「吸血鬼が出た、ならいい」
「ほう」
「これなら吸い付ける」
「吸うのですか。まるで吸血鬼ですねえ」
「話にね」
「分かっていますよ」
 老紳士はニヤリと笑う。
 お約束通り、その口元から見える歯は尖っていた。
 
   了
 



2014年4月27日

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