小説 川崎サイト



口裂け

川崎ゆきお



「お話を伺いたいだけなので大意はありません」
 私服で洋館を訪れた二人の警察官が橘にそう断った。
「参考意見で結構ですから感想を聞かせてもらえませんか」
 丸顔で糸のように細い目の警官が事件を語った。若い方の警官は傍観者のように見ている。
 話を聞いた橘は真っ白な顎髭を撫でた。
「何か意見を」
「口裂け女ということかな」
「都市伝説です」
「被害は」
「子供達が見ています」
「それが被害なの?」
「不審者事件として捜査しています」
「真っ赤なミニドレスで長い髪。そして大きな口」
「そうです。口裂け女そのものでしょ」
「公園は丘に繋がり、雑木林が多いのですな」
「そうです。公園から見えます。雑木林が。赤い服は目立つでしょ」
「どうして、私に意見を?」
「心当たりはありませんか」
「口裂け女は知らないねえ」
「子供達がそう呼んでいるだけです」
「子供は近付いた?」
「はい」
「襲われたの?」
「それはありません」
「あ、そう」
「橘さんが詳しいと思いまして」
「警察が言ってるの?」
「僕がです」
「僕?」
「個人的に知っています。この町に住んでおられることも」
「あ、そう」
「心当たりがお知り合いにおられませんか」
「私は知らないなあ。そのタイプは」
「やはり個人でしょうか?」
「個人?」
「単独で」
「私の知らない相手だ」
「橘さんのビデオ全部持ってます」
 橘は警官をじっと見つめた。
 警官は視線に耐えられんくなったのか、目を伏せた。頬もやや紅潮していた。
 これが噂に聞く橘の視姦かと思うと警官は感動さえ覚えた。
「子供達はいいものを見せてもらったんだろうね。真っ赤な口裂けを」
 警官は答えない。
「該当者なしですか」
「そうだね」
「失礼しました。突然お邪魔して」
「ああ」
「お元気で」
「ああ」
 
   了
 
 



          2006年12月14日
 

 

 

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