小説 川崎サイト

 

ボス猫

川崎ゆきお



「暖かくなってくるといいねえ、人が表に出て来る」
「気候がよくなると、外に出たくなりますねえ」
「そうだろ。だから、町内の人口が増えたように見える」
「でも、出られない人もいるんでしょうねえ」
「ああ、寝たきりでね」
「出たがらない人もいると思いますよ」
「引きこもりかね」
「そうです。また、用事がないので、外に出ても仕方のない人も」
「散歩に出ればいいじゃないか」
「それは一部の人ですよ。散歩好きとか、運動のためとかは」
「庭木を手入れしている人も見かけるよ。これだけでも、人口が増えたように見える。無人の町じゃないんだってね」
「それは大げさですが」
「しかし、表で遊んでいる子供は少ないねえ」
「それは武田さんのような人を警戒して、親が出さないのですよ」
「わしのせいかね」
「この近所じゃ、ボス猫って、言われていますよ」
「いいじゃないか、町内の治安には」
「顔を合わすのが嫌だって」
「最近、わしも気にして、サングラスははずしているよ。目が悪くてねえ。視力じゃないよ。眩しいのを見るときついんだよ。それを我慢して出ているのに」
「多少はよくなりましたよ。見てくれが」
「そうか」
「後は、むやみに話しかけないことですね」
「ああ、分かっとる。寿司屋の元大将のようにはなりたくない」
「あの人も武田さんと同類でしたねえ」
「ああ、この町内の主だよ。外に出て、見かけない日はなかったんだがねえ」
「その後、どうなんです。あの大将」
「わしと同じことを言われて、ショックで、それから、引きこもってしまったよ」
「大石の隠居は?」
「あの人も同類でね。元ボス猫だ。やはり引退したのは、好意を持たれていないことが分かったからだよ。君のような人が、余計なことを言うからねえ」
「でも、武田さんはボス猫、続けてくださいよ」
「そのつもりだが、世間の目は厳しい。最近は道の端をひっそりと歩いているよ」
「では、そろそろですか」
「じゃ、君が引き受けてくれるか。世代交代だ」
「僕は平凡な散歩好きなだけの人間なので、町内の人と、あまり関わりたくありません」
「わしと、こうして関わっておるじゃないか」
「武田さんタイプならいいんです」
「そうか、君だけには受けるか、まだ」
「はい」
 
   了


 


2014年5月2日

小説 川崎サイト