小説 川崎サイト

 

老いた自転車

川崎ゆきお



 朝、高村が出かけようとすると自転車がパンクしていた。すぐに気付いたのは、自転車置き場から引っ張り出したときの感触だけではなく、チューブが限界に達しており、タイヤそのものも坊主で、でこぼこしているため、いつ空気が抜けてもおかしくないのを知っていたからだ。
 この前輪はパンクした記憶がない。しかし、朝になると、空気が抜けていることがあった。
 近所の自転車屋に見せると、水槽から泡が出ている。それも方々で。自転車屋の大将は大きい目の亀裂に何かを貼り、小さい亀裂に、何か塗った。応急処置らしい。しばらくこれで持つが、タイヤも劣化しているので、タイヤそのものを交換する必要があると。
 この自転車屋はスポーツタイプ専門店で、高村の乗っていうようなママチャリは扱っていない。しかし、一応自転車屋なので、パンク修理程度はする。
 その後、半年経っているのだ。そろそろかもしれないと常日頃、高村は覚悟を決めていたが、その日が来たのだろう。これが前輪も後輪も両方なら、新車を買うだろう。しかし、錆びているだけで、軽快に走っている。この自転車を買うとき、高い目のにした。二年持つところが四年持ちますよ。と、言われたからだ。実際長持ちした。
 高村がこれまで乗った自転車の中では最長だろう。
 タイヤ交換の出費はきついが、新車を買うより、遙かに安い。
 そして、半年ぶりに近所の自転車屋へ運んだ。初夏の大型連休中で、よく晴れ、歩いているだけも暑い。しかし近所なので、それほどの距離ではない。
 あの大将が言った通りになったので、その大将のいる自転車屋に持って行く。流れとしては素直だ。
 しかし、自転車屋の手前に来たとき、閉まっていることことに気付く。だが、シャッターがないのか、ガラス戸のまま。これは開いているのかもしれないと思い、さらに近付くと、店の前に枠がある。自転車を展示するときの台のようなものだ。スポーツタイプの自転車がメインなので、スタンドがないのだ。だから自立出来ないため、台がいるのだろう。それが、ガラス戸のドン前に置かれている。そのため、店は封鎖されたように見える。実際にそれで入りにくくしているのだ。
 せっかく流行っていない自転車屋に儲けさせようと思ったのだが、閉まっていては仕方がない。定休日なのか、連休中の為なのかは分からない。
 しかし、高村は考えた。修理が嫌なのかもしれない。あの大将は、と。
 なぜなら、服装はアウトドアのお洒落なものを着ていた。
 パンク修理のときも、嫌そうな顔だった。半年前は寒い季節で、水槽の中にチューブを入れるのが嫌だったのだろう。
 スポーツタイプの自転車はびっくりするような値段だ。そのタイプの自転車なら、喜んでするのかもしれない。また、買ってくれるように愛想良く。
 高村は仕方なく、出掛け先の駅近くまで押して歩いた。そこに大きな自転車屋のチェーン店がある。年中無休だ。
 自転車屋は駅の向こうにある。目的地は駅だ。さらにそれを超えた距離まで押して歩かないといけない。いつもは自転車で、すーと通り抜けるだけの道だ。その道を歩いたことなど殆どない。駅前に止めていて、持って行かれたときぐらいだろうか。
 日差しがきつい。そこを高村は自転車を押しながら歩く。前輪がボコボコいう。途中で汗ばんできた。
 早い目にタイヤ交換しておくべきだったのだが、大変なことになったわけではない。このままその辺に自転車を放置し、新車を買いに行ってもいいのだ。
 しかし、後輪もサドルも交換している。ここまでくると、その老いた自転車に愛着がわく。まだ十分元気に走れるし。
 この状態は、老いた犬を散歩に連れ出しているような感じだ。タイヤさえ交換すれば老犬と違い、また元気に走れる。
 駅へ向かう道、それは見慣れた風景なのだが、自転車を突いて歩いていると、違う趣になる。いつも下にいる自転車が、横にいた。

   了



2014年5月6日

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