小説 川崎サイト



バス停

川崎ゆきお



 バス停のベンチに三人の男がいる。一人は置物のようにじっとしている老人だ。
「例えばだ」
 中年男がいきなり若い男に喋り出した。
「何の例えです」
「仮にだ」
 バス道は旧街道を通っていた。昔からの家が多く、道幅を広げられないままだった。
 近くに幹線道路が走っているのだが、バスは相変わらずこの狭苦しい旧街道を走っている。
「昔の古いバスが来たら乗るかね?」
「クラシックカーですか?」
「ボンネットが飛び出た、昔のバスだよ」
「そんなのが走ってたのですか?」
「子供の頃に乗ったことがある。無料だよ。小さかったからね。女車掌がいてね。バスが走っていても平気で立ってるんだよ。だから太い足だったなあ」
「機械がなかったんですね」
「乗って来た客に切符を売ってたんだよ」
「サービスがよかったんですね」
「女車掌と顔を合わせるのが恥ずかしくてね。制服を来たお姉さんに憧れたものだよ」
「コスプレですねえ」
 若い男は、親切で聞いているようなもので、そんな昔話には興味はない。
「学生かね?」
「はい」
「昼を回ってるよ」
「授業は午後からなので」
「さっきの質問だがね」
「そんなバスは来ないですよ」
 バスが来る方向から宅配便の四角なトラックが来る。トラックとバスは似ている。
「じゃあ、ボンネットバスには乗らないか?」
「幽霊バスでしょ」
「来たとすればの話だよ。女車掌も乗ってるよ」
「楽しそうですねえ」
「じゃあ、乗るか」
「話には乗りますが、バスには乗りません」
「うまいねえ、あんた。学部は?」
「国文学です」
「じゃ、雨月物語の実習だと思えばいい」
 バスが遅れているのかなかなか来ない。
 黙って聞いていた老人が音を出した。
「例えばのう」音は言葉として聞こえた。
「馬車が来たら乗るかね」
 二人は黙った。
「わしが子供の頃、乗合馬車が走っておった。来たら乗るかね」
 
   了
 




          2006年12月17日
 

 

 

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