小説 川崎サイト

 

小さな決め事

川崎ゆきお



「暑いですなあ」
「梅雨前のこの時期が、一番暑く感じるかもしれませんねえ。まだ、暑さ慣れしていない」
「暑さに慣れるものでしょうか」
「慣れません」
「あ、そう」
「自転車でこうして昼間うろうろするのは、そろそろ控えないと、いけません」
「まだ猛暑で熱中症云々ってニュースは聞きませんがね」
「いやいや、もう十分体に暑けが入りますよ」
「じゃ、水分の補強が大事だと」
「私は自販機で買うようにしています。これが楽しみでしてねえ」
「あ、そう」
「水分の補給なんてあなた、喉が渇けば何か飲みますよ」
「そうですか、僕は飲み終えたペットボトルの小さなやつですがね、あれにお茶を入れています」
「水筒ですなあ」
「お茶ですが、まあ、水筒です。まだ麦茶を冷やす時期じゃないので、普通の緑茶です」
「私も最初はそれにしようと思ったのですがね。緑茶は自販機で買って、それを持ち帰っています。捨てないでね。これに家のお茶を入れようと。しかし実行しておりません」
「ほう、なぜでしょうか」
「喉が渇いたときに自販機を探します。一番近くにある自販機と決めています」
「決め事は大事ですからねえ」
「そうです。そしてその前で買うのですが、選択は自由です。自販機により、入っている物が違うでしょ。三十円ほど違ったりしますがね。まあ、その中で選ぶのですが、日により変えています。決して昨日と同じ物にしないと」
「決め事は大事ですからねえ」
「そうです。偶然同じ自販機の前に立つこともあります。やはり好みはあるんでしょうねえ。しかし、同じ物は買わない。これはですねえ、昨日と同じじゃなければいいのであって、まあ、たいがいはお茶にしていますよ。しかし、お茶の種類も多いですからねえ。同じ緑茶でも味が違う。メーカーによってね」
「僕は家内がお茶を入れるものだから、ずっと同じですよ。葉が切れるまで」
「そうでしょ。やはり日々変化が欲しい。だから、その変化を望むのなら、変化が起こるような決め事が必要なんですよ」
「決め事は大事ですからねえ」
「だから、私の場合、毎日買う自販機が違う。当然喉が乾いていないときは、買わなくてもいい。ついつい習慣で買ってしまいそうなのですが、これは決め事に反します。あくまでも喉が渇いたときに限られます」
「はいはい、やはり決め事は大事ですねえ」
「私の場合、満遍なく行き渡るような決め事になるよう心がけています」
「はい、参考になりました」
「ただ」
「何ですか」
「お茶代がかかります」
「自販機でお茶を買う程度なら、知れているでしょ」
「一ヶ月で三千円を超えます」
「ああ、ちりも積もればですね」
「三千円あれば、何が買えるのかと想像すると、やはり家から持ち出したお茶の方が好ましい」
「そうでしょ。だから僕はそうしているのです」
「しかし、変化が欲しい」
「はいはい」
「しかし、自販機でお茶を買ってもよろしいという決め事をしています。だから、問題はないのです」
「決め事は大事ですからねえ」
「そうです」
「それだけですか」
「そうです」
 
 
   了




2014年5月12日

小説 川崎サイト