小説 川崎サイト

 

遠い世界

川崎ゆきお



 薄暗い洞窟の中で格闘していた。
 と、角田は語りだした。
「あんなメジャーな場所にいらっしゃったのにですか」
「遠いところにいたように、今は思えるよ。かなり遠方だ。もう二度と行けないような場所だな。行こうと思えば行けるかもしれないが、もうその気はない。あれは勢いでそこまで行ってしまったんだろうねえ。そして辿り着いたところは洞窟のように狭い場所でね。その突き当たりの、さらに狭いところで格闘していたよ。今は平原に出てきた感じかな。広い場所にね」
「角田さんはトップクラスで、何年も最先端にいましたねえ。角田王国と呼ばれていましたよ。頂上ですよ。頂点ですよ。上はもう誰もいない。下を見れば、見晴らしがよかったんじゃないのですか」
「地の底にいたんだよ。実際はね」
「最先端の宇宙船もそうでしょ。宇宙飛行士は結構狭い場所にいますよね」
「ああ、それに似ているねえ」
「そうですか」
「そこにはねえ、自由に動けるような場所は何処にもなかったんだ。身動き一つ出来ないほど、窮屈で狭い」
「しかし、今は……」
「もうその仕事を辞めたので、やっと広い世界に出てこれたよ。こうして、町を歩いているだけでも幸せだよ。どうしてあんな遠くまで行ってたんだろうねえ。良いことなんて、あまりなかったのに」
「栄光の日々だったんじゃないのですか」
「栄光か。それはねえ。本人はそんなこと喜んでる場合じゃないんだ。そんな暇もなかったよ」
「あまり後進達に聞かせたくないお話ですねえ」
「ああ、夢も希望も崩してしまうからねえ。登り切っても大したことないんだとね。逆に穴蔵でゴソゴソのたうち回るような日々ではね」
「かなり、否定的なご意見なのですが」
「元々、私は向いていなかったんだ。得意でもなかったしね。それほど好きなことでもない。だからかもしれないねえ」
「それで、辞められてから、やっと本来を取り戻したということでしょうか」
「ああ、あんなところには何もなかったよ。遠いだけでね」
「そうなんですか」
「暗い話になって、申し訳ないねえ」
「いえいえ」
「これは記事にするの」
「一応」
「そうか、じゃ、今のは消して、最初から話すよ」
「あ、はい」
「そこはまるで成層圏から地上を見ているように見晴らしがよく、最高の気分になれる場所だった」
「あのう」
「そう言わないと、記事にならんでしょ」
「はい」
 
   了
 
 
 

 


2014年5月14日

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