小説 川崎サイト

 

小綺麗な老人

川崎ゆきお



 富田は朝から街歩きをしている。住んでいる場所は住宅地で、その町内を歩くと目立つので、少し賑やかな通りを歩いている。そこは町内の人ではなく、不特定多数の人が行き交うため、顔見知りに出くわさないで済む。
 顔見知りや町内の人と会えば、挨拶ぐらいはする。これが面倒なのだ。挨拶しなくても済むようなところを歩きたい。
 これは少し大きな街なら、そんなことを考えなくても、知っている通行人を見つける方が難しい。こういうとき、富田は逆に挨拶したくなる。見知らぬ群の中で一人でも仲間がいると心強いのかもしれない。
 しかし、徒歩距離で行けるような場所では顔見知りも多く、沿道の家も誰が住んでいるのか分かっていたりする。
 それで、店屋が多く並んでいる街歩きを富田は最近やっているのだが、朝からうろうろしているのは年寄りばかりだ。
 仕事で働いている人は、平日の午前中、こんなところに出て来られないので、当然だろう。
 だから退職した人とか、隠居さんのような人が店屋に入って、何かを見ている。
 これは比率の問題で、老人だけが出ているわけではない。どの世代の人も、一応いるのだが、年寄りが圧倒的に多い。
 それらの老人は、老紳士のように、しっかりとしたものを着ている。町内のゴミ収集場へゴミを運んでいるときの服装とは違う。軽い旅行にでも行けるような服装だ。さすがにスーツ姿ではないものの、歩きやすいようなアウトドア仕様だ。
 その人たちも、きっと近所の人だろが、そういった複数の町内から来ているため、何処の誰だかまでは互いに分からない。
 パン屋があり、そこで焼きたてのパンが売られているが、かなり朝早くから開いている。朝食に間に合うようにだ。
 富田はそこで昼のご飯をたまに買う。パン屋にご飯はないが、昼ご飯用にサンドイッチなど、具の入っているものを買う。ハムやソーセージ、卵などだ。
 元気なときはカツサンドを買う。今日は普通なのでミックスサンドにする。結構高い。少し足を延ばせば、オール百円のパン屋があり、そこのサンドイッチなら倍以上買える。しかし、この通りのパン屋で買うのが富田は好きなようだ。店員はバイトで、行く度に違うが、それでも顔見知りになっている。富田も知っているが、店員も知っているだろう。よく見かける客として出会い頭の何かが既に省略されているためか、買いやすい。
 トレイを持ち、レジに並ぼうとしたのだが、すぐ前にいる年寄りの背中が気になった。引っかけているブルゾンだ。非常に良い色合いで、形もシンプルで、襟が皮になっている。こういうのを富田も欲しかったのだが、結構高い。その老人の鞄を見ると、これも安っぽいものではない。
 その客がレジで支払い、こちらを向いた。顔見知りの安田だ。
 安田め、化けたか。と富田は複雑な気持ちになった。
 同世代の安田とは中学が同じだった。いつも小汚い格好をしていたのだが、しばらく見かけない間に化けていた。小綺麗になっているのだ。小汚いから小綺麗に。
 二人は目を開わせたが、どちらも無視した。
 そういえば富田も、この前まで小汚い格好だった。
 
   了

 


2014年5月15日

小説 川崎サイト