小説 川崎サイト

 

南京豆占い

川崎ゆきお



 薄暗いバー。取り壊されるのは時間の問題なのに、その一角で営業している店だ。
 野上はその片隅で水割りを飲んでいる。南京豆を摘みながら。
 片隅といっても、全席片隅のような店構えだ。
 カウンターの端といった方がいいだろう。そこはさらに薄暗い。電球が絶対的に足りないのだ。さらに便所の電球よりもワット数は小さい。
 野上は悩んでいた。まさにそのままのスタイルで、一度こんなことをしてみたかったかのように。しかし、本当に悩んでいた。
 小汚いマスターはそんなポーズの客に慣れているのか、相手にしない。次にどれをかけようかとブルースの盤を選んでいる。
 そこへ着物のような服を着た濃そうな顔の男が闇から出て来た。カウンター席とは別にテーブル席もあるのだが、深海のように深い場所にある。
 男は野上の横へ座った。
「来たな」と野上は思った。これを期待していたのだ。悩み顔、思案顔で薄暗いバーにいると、現れる妖怪のようなものだ。
「お悩みかな」
「はい」
「どの方面」
「派閥がありまして、どちらかに入らないと駄目なんです。中間は駄目です。立場をはっきりさせないと」
「そんなもの、どちらでもよろしいがな」
「がな、ですか」
「よろしい哉、じゃ」
「悩むようなことではないと」
「大した悩みではない」
「そうなんですが、人を裏切ることになります」
「では、私が決めてあげましょうかな」
「占い師ですか?」
「直感じゃ」
「はい、じゃ、その直感で、お頼みもうします。実は保守系と革新系という単純な図式ではないのです。そこに親戚縁者が絡み、また、世話になっている人が敵味方にいます」
「そんな事情など、どうでもいい」
「あ、はい」
「その派閥、西と東に振り分けなさい」
「はい、振り分けました」
「西か東を選べばよい」
「あ、はい」
「では、選んであげよう。直感でな」
 男は南京豆を一つ掴み、さっと上に投げ、手の中に戻した。それをカウンターの上で、そっと広げた。
「西だな」
「はあ」
「南京豆が西寄りを向いておる」
「はい、ありがとうございました。でも」
「何かな」
「南京豆のどのあたりが前でしょうか」
「ここじゃ」
 男は南京豆の先を指で示す。しかし、前後は似ている。
「それは、少し」
「私が南京豆の先を指した。決めた。これは直感だ」
「はあ」
「お代はいただかない。座興なのでな」
 男は再び深海のようなテーブル席に消えていった。
 一種の奇人、変わり者の類だと野上は断定した。
 マスターはまだレコードを選んでいる。
 そして、音楽が変わった。決まったのだろう。
「どうです、このブルース」
「誰ですか」
「アワヤノリコだよ。これを越える人はいないなあ」
「あ、はい」
 野上はその後、南京豆占いの通り、派閥を決めた。
 その結果、別に異変はない。
 野上にそれだけの存在価値がないためだろう。
 
   了
 

 


2014年5月18日

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