小説 川崎サイト

 

奇妙庵

川崎ゆきお



 奇妙庵という、掘っ立て小屋のような家がある。趣味人が住んでいる。名の通り、奇妙な人だ。奇妙庵の亭主は奇妙庵という名で呼ばれている。
「最近どうですか、何か妙なこと、奇怪なことはありましたか」
 客は当然、そういう話を聞きに来る。
「そうなんじゃよ」
「何がですか」
「最近、その方面とは違うことを考えておる」
「庵名に偽りありですか。なしですか」
「ありじゃ」
「奇妙なことを言い出さない奇妙庵では話がないではないですか」
「ないない尽くで、何もない」
「何か、一つぐらい」
「ニワトリ長靴よう履かん」
「はあ」
「あの足では合うよう長靴はない」
「そうですね」
「しかしじゃ、どうしてニワトは長靴を履きたかったのだろうねえ。長靴を履くニワトリも聞いたことがない。それ以前に、ニワトリが長靴を履く用がない」
「そうですねえ。それは、からかって言ったのでしょう」
「ニワトリをからかう? 誰が」
「さあ、喩えでしょ」
「しかし、想像してしまうじゃないか」
「そうですねえ。懸命に長靴を履こうとするニワトリを」
「よほど入り口が広い皿のような靴ならいけるかもしれませんね」
「そうじゃな、便所掃除のとき履く、大きなやつなあ。しかしあれはまだ靴のうち。長くはない」
「はい」
「ニワトリはオバサンじゃな」
「ああ、何ですか」
「コケコッコのオバサンじゃ。そういえばニワトリはどれもオバサンに見えてきたりする」
「童謡ですか」
「赤いお帽子欲しいよ。黄色いお靴も欲しいよと、カアカアと泣くのじゃ」
「カラスの赤ちゃんですね」
「だから、既にニワトリは靴を履いておるんじゃ」
「黄色い靴ですね」
「カラスは真っ黒なので、赤や黄色が欲しいのだろう」
「よく考えると奇妙な話ですねえ」
「擬人法じゃな」
「はい」
「しかし、本当にあった話じゃない。これが、普通の子供が赤い帽子が欲しいのなら普通の話だ」
「しかし、ニワトリ長靴よう履かんはどうなります」
「これは奇妙なままで終わっておる。滑稽談に属する」
「アクション物ですよ。履こうと懸命に努力している動きが見えます」
「履けんので、くちばしでつつき回しておる絵が浮かぶ。破いてしまえとな」
「はい」
「しかし、奇妙なのは、やはりどうして長靴が必要なのかだ」
「必要ないです」
「出来ないことがあると悔しい」
「はい」
「出来ない奴を誰かがからかっておる」
「カラスじゃないですか」
「カラスも長靴は履けんじゃろ」
「そうですね」
「ニワトリは長靴など履く気はない。それを履かせようとするなり、問いかける側が奇妙人なのじゃよ」
「そういうことを言う人が奇妙なのですね」
「だから、相手にせん方がいい」
「はい」
「そしてわしも奇妙なことばかり言うから相手にされんようになった」
「それで最近静かなのですね」
「客が来んと、奇妙な話も出来んからな」
「いやいや、まだまだ、奇妙な話を聞きたいですよ」
「そうか、しかし、最近馬鹿らしくなってきてのう。もっと地味な話がしたくなった」
「奇妙庵さん」
「何じゃ」
「奇妙です」
 
   了
 
 
 
 


2014年5月29日

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