小説 川崎サイト

 

元気に歩く人

川崎ゆきお



「いつも元気そうに歩いておられますが」
「いやいや、そうでもないよ。これは癖でね」
「癖なんですか」
「元気に見せる癖だよ」
「それは、癖というものでしょうか」
「習慣だから、そうなんだろうねえ。仕事柄ねえ、あまり疲れた姿は出来ない。だから、しんどいときでも元気な姿でいたよ。これは苦しかったがね」
「いつも背中をしゃんと伸ばして、歩幅も広いですし、早いです」
「それをシャキシャキ歩くというのだろうが、逆に体への負担がかなりある。もう、止めたいのだがね、元気な姿勢は」
「でも、その姿勢だと気合いが入りますよね」
「入るが、ゆっくり出来んよ。君」
「あちらを歩いている永吉さんですが、まだ若いのに、よれよれですよ。いつも疲れきったような感じで」
「ああいう人ほど長持ちするよ。無理をしておらん。私のようにね」
「無理ですか」
「無理してでも、シャキシャキ歩いてますからね」
「本当は違うと」
「さっきも言ったように、シャキシャキ歩きと体調が同じときなど少ない。五一かな」
「五回に一回ですか」
「後の四回はしんどいんだよ。ところが、あの永吉さんに聞いてみると、元気なときでもあの歩き方をするらしい。よろよろのね。そんなときは余裕なので、楽しめると」
「永吉さんの仕事は何でしたか」
「さあ、聞いていないけどデスクワークだったと思うねえ。私は営業だった」
「じゃ、ずいぶんと歩かれたでしょ」
「よく歩いたねえ。だから、こんなところでの散歩など、簡単だ。寝ているようなものさ。鍛え方が違う。靴なんてすぐに底をやられたねえ。あの革靴は歩きにくいんだよ。こんな……」といいながら、靴を指差す。
「こんな?」
「こんなジョギングシューズ? こんな過保護な靴なんて、履けなかったんだから。まるで足の悪い人が履くような靴ですよ。こんなの。まあ楽でいいけどね。それに靴擦れが最初からしない」
「ああ、はい」
「まあ、そういう話じゃないけど、この悪い癖を直したいよ」
「元気そうに歩かれている方が、好感度は高いですよ」
「誤解される。私だって、しんどいときがある。最近はそちらの方が多い。元気だと思われるのは間違った情報なのでね。それを自分で人に与えてしまっているのだから、私が悪いんだがね。しかし、これは癖なんだ。そこを分かってもらいたい」
「はいはい、理解してますよ」
「私も永吉さんのように腰を曲げ、首を突きだして歩いてみたいよ。あれは、気持ちいいと思うよ」
「そうなんですか」
「一度やってみなさい。楽だから」
「はい」
 その後も、元気に歩くその人は、その姿勢を崩せないままだった。
 
   了
 


 


2014年6月3日

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