小説 川崎サイト

 

夏を嫌がる男

川崎ゆきお



「暑くなりましたなあ」
「去年も言ってましたよ」
「ああ、毎年ねえ」
「今年は暑くなるのが早いんじゃないですか」
「そうだね。従って夏籠もりも早くなる」
「冬籠もりではなく、夏籠もりですか」
「冬眠ではなく夏眠だ」
「春眠は聞いたことがありますが、夏眠ですか」
「暑いので、外に出るとえらい。部屋にいてもえらいが、外にいるよりましだ。屋内は日陰と同じだからな」
「それでもう、この集会所へは出て来られないのですか」
「去年もそうだったよ」
「ああ、忘れていました。そういえば夏場岸田さんの姿はなかったかな。暑くてぼんやりしていましたから記憶が曖昧なのですよ」
「そうです。毎年夏の始めから終わりまでは、居ません。来ません。夏休みです」
「分かります。ここに来るまでの道中、暑いですからねえ。私は車だからいいけど、田中さんは自転車、富永さんは徒歩です。かなり厳しいようです」
「僕は自転車だが、やはり厳しい。これで体を壊しましてねえ」
「熱中症でしたか」
「さあ、暑けに当たったんでしょうねえ」
「暑気あたりですか」
「この集会所で健康講座ありましたよね。聞きに来た。もう暑くて暑くて、ふらふらでしたよ。健康も何もありゃしない」
「でも、この集会所、涼しいですよ。冷房もよく効いているので夏場は来る人が多いですよ。子供なんて宿題をしにきますよ」
「聞いています。街中の避暑地でしょ」
「そうそう」
「しかし、ここに来るまでにやられてはどうにもならん」
「はいはい」
「それで明日からは来ません」
「そうなんですか。それは残念だ。話し相手が一人減る」
「今日の暑さで、決心が付きました。明日からです。ここが限界です」
「でも、明日雨でも降り、涼しければ、来られますよね」
「それなんだよ。それ」
「はあ」
「行けるのに、行かないと決めたので、行けない」
「来られればいいんですよ」
「暑さに弱いと思われる」
「もう、思われていますよ」
「そうか」
「暑くなければ、来てくださいよ」
「ああ、そうする」
 翌日も暑かったが、三日後、雨が降り、暑くなかったが岸田の姿は集会所にはない。
 そして夏が過ぎた。
 しかし、岸田の姿はない。夏休みが終わったはずなのだが。
 集会所で集まっていたメンバーが、それとなく噂しあった。
 あの岸田いう人は、どこに住んでいるのか、誰も知らないらしい。
 受付で聞くと、住所と電話番号が記された名簿があったので、連絡したが、使われていない。
 番地へメンバーの一人が見に行ったが、岸田の家はなかった。昔からの人が住んでいる地域だが、岸田家など元々ないらしい。
 幽霊は夏に出るのが相場だが、この幽霊、夏は休みのようだ。よほど暑いのが苦手らしい。
 
   了
 
 
 


2014年6月10日

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