小説 川崎サイト

 

近野物語

川崎ゆきお



 妖怪をよく見るという老人を妖怪博士が訪ねた。草深い田舎で、そこなら出そうな雰囲気がした。
 その田舎へ行く前、妖怪博士は柳田国男の「遠野物語」を読んでいた。妖怪がうじゃうじゃ出てくる本で、妖怪博士はとてもではないが、信じられなかった。若い頃、この本を読んだときは、眠くて眠くて仕方がなかった。あり得ないことがつづられているからだ。そして、その正体が何だったのは放り出したままだ。
 しかし、年を経てから読み返してみると、山奥ではそういった怪異があったかもしれない。また、リアルで残虐なこと、悲惨なことがあったとき、それを怪異談に託して残したのではないかと。
 だから、河童などは嬰児ではないかと考えた。そこまでいくと、暢気な話ではなくなるのだが。
 さて、山暮らしのその老人は、もう里に降りてきて、野良仕事などしながら余生を送っていた。
「夏草が伸び放題のとき、妖怪も出放題でのう」
 老人はいきなり語りだした。
「草場の陰で……ちゅう、言葉がありましょう。亡くなった人が、残した家族や、恩人を見守るとかね」
「はい」
「その草葉の陰が、もうあなた妖怪だらけ」
「ほう」
 妖怪博士は、当然ここで、眉に唾を何度もつけた。
「あれはサツマイモを大きゆうしたような妖怪でな。イモロクと読んでおったなあ。夏草は青い。イモは茶色い。だから、よう見えた」
「そのイモロクは何をする妖怪ですかな」
「だから、草場の陰からのぞく妖怪じゃっがな」
「一匹ですか」
「いや、カボチャのような丸いのもおる。これは背が低い。たまに躓くことがある」
「それは本当のカボチャなのでは」
「いや、足があり、動く」
「あ、はい」
「古寺があって、その前の草むらにもイナゴやバッタに似た妖怪が、わんさとおる。これは、そこに分けいらんと出ん。さっと飛び出す」
「それも本当のイナゴやバッタじゃないのですか」
「いや、頭が大きいし、人の顔じゃ。まだまだ、一杯出よる。大勢、沢山出よる」
「はい」
「夜など、蚊の妖怪がウンカのごとく飛び乱れておる」
「それは出すぎでは」
「ああ、しかし、最近見えんようになったのう」
「どうしてでしょうか」
「目が悪くなってのう。よう見えんからかもしれん」
 妖怪博士は、これ以上聞いても、似たようなものなので、引き上げることにした。
 老人が嘘をついているとは思えない。見えないものが見える能力がある人とは思えない。
 妖怪博士は、この老人の話をまとめて「近野物語」でも書こうと思っていたのだが、この老人、少しやりすぎだ。聞いた話ならいいが、全部自分が見た話だ。それほど多く見られるわけがない。
 しかし、この草深い田舎町で、イモロクの話は他の人も言っている。
 きっとこの老人が広めたものだろう。
 帰ってから妖怪博士は、知り合いの編集者にこの話を持ち込んだが、返答はなかった。
 
   了
 

 


2014年6月11日

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