小説 川崎サイト

 

テレビを見ない人

川崎ゆきお



「えっ、テレビを見ていないのですか」
「あ、はい」
「新聞は」
「これはかなり前からとってません」
「雑誌とかは」
「買ってません」
「じゃ世の中の動きが分からないでしょ」
「そうですなあ」
「困ることはありませんか」
「あるんでしょうが、よく分かりません」
「じゃ、ニュースなどはどこで知るのですか。身近な人からですか」
「いや、近所付き合いもしていませんし、友人知人も、殆どいません」
「じゃあ」
「ネットを見てます」
「ああ、なるほどねえ」
「ニュースは見ていますが、見出しだけで中は読んでません」
「どうしてですか」
「見出し以上のことが書かれていないし、それにいやなことばかりでしょ」
「しかし、情報が少ないと」
「いやいや、もう使う場所もないですよ。世の中に出ていませんからねえ。こうして世間話をするのも希ですよ」
「日頃、殆ど喋っておられないのでは」
「ああ、そうですなあ。しかし、言葉は忘れないものですなあ。単語はたまに忘れますが、これは滅多に思い出さないような言葉が多いです。人の名とか、地名とかね。たまに思い出すと、しばらく持ちます」
「世の中のことが分からなくなりませんか」
「だから、ネットで見出しを見ているので、おおよそ分かっていますよ。でもあれって、駄目ですねえ。本当のことは別にあるので、いくら詳しく記事を読んでも、駄目でしょ。書けないからですよ。だから、いくらそんなものに通じていてもねえ……」
「確かに公表出来ないことはあると思いますが、何となく分かるんじゃないですか」
「知ったからといって、何ともならんでしょ」
「まあ、一応知識とか、常識として」
「はいはい、しかしそれを使う場がなくてねえ。だから、必要に迫られないのですよ」
「本当は知ってなければいけない情報もあるでしょ」
「電話がかかってきます。そういうときは」
「あ、はい」
「あなたと、今日お会いした」
「はい」
「テレビを見てるかどうかの話だけでしょ」
「ああ、はい」
「差し迫ったことがない証拠ですよ」
「あ、はい」
「特にないでしょ。私に伝えなければいけないようなことなんて」
「そうですねえ」
「まあ、来るときには来ますよ」
「な、何がですか」
「とんでもないことが」
「はい」
「これは逃げられないことが多い。知っていてもね」
「何か不安なことがあるのですか」
「世の中のことはあなたの方が詳しいでしょ」
「はい」
「私はもう世の中から引退した身ですので、後は気分良く過ごすだけです。いけませんか」
「いえ」
 この老人が昔、テレビニュースの解説者だったとは、とんと見えない。
 
   了
 



2014年6月18日

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