「まあ、一呼吸おいて話し合おうじゃないか」
渋沢の提言を無視し、則岡は苦情を言いたくった。
「まあ、落ち着いてくださいな、則岡さん」
「いや、勢いで言わなきゃ機会がない」
「まあ冷静になって、もう一度理解してもらいたい」
「理解しようとしたが、それはあんたの都合で言ってることだと分かった。頭にきた」
「則岡さん、あなたのための処置でもあるのです」
渋沢はギョロリとした目をさらに見開き、則岡を睨んだ。
則岡は不覚にもその目玉を見てしまった。
「苦情が言える立場じゃないことぐらい、あなたも分かっておるはず。窮鼠猫を噛む勢いにはいきませんな。あなたのその性格が災いしておるのですよ。自覚すべきですな」
則岡は渋沢のペースに嵌まっていくのを自覚した。
「まあ、落ち着いてくださいな則岡さん。しばらくは臭い飯を食うはめになるやもしれませんが、それもまた勉強。いずれお呼びしますから」
「あそこは僕が開拓した。どれだけ苦労したか、あんたも知ってるはずだ。そこから引けとはどういう料簡だ。どういう魂胆だ」
則岡はひるみながらも言うべきことを言い切る。
渋沢はニヤリと唇だけで笑った。
「ねえ則岡さん。それはあなたの理屈だ。あそこは私があなたに命じて作らせたものだ。それを忘れてはいませんか」
「しかし、ここまでもっていったのは僕だ」
「私がお膳立てしたからでしょ」
「お願いだから、追い出さないでくれ。僕の居場所を奪わないでくれ」
「あなたの役目はもう終わったんだよ。よくやってくれたよ。私からも礼を言う」
「僕はあんたの子分じゃない」
「じゃあ、何だ」
「パートナーだ」
渋沢はカチンときた。
「ほほうパートナーねえ。じゃあ、これからもパートナーで行くのかね」
「そうだ」
「こういう関係になれば、パートナーも何もないだろ」
「何でもいいから、置いてくれ、僕からあの場所を……」
渋沢は則岡のその見苦しさを哀れに感じた。
「お願いします。渋沢さん」
則岡は土下座した。
渋沢は大きく深呼吸した。
了
2006年12月23日
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