小説 川崎サイト

 

浅き関係

川崎ゆきお



 田口はふと思い浮かべた。いや、思い浮かんだのだ。人の顔が。
 仕事の手を休め、少し休憩していたときだ。一瞬頭の中の間が空いた。無ではないが、空っぽになったのだろう。そのとき挿入されたかのように、顔が浮かんだ。
 学生時代の同級生だ。友人というほどではない。親しくもない。ただ、昼休み、昼食を食べに定食屋へよく通っていた。授業が終わり、そのまま教室を出た流れで、いつの間にか四人ほどのグループが出来た。偶然だ。定食屋へ行くグループは誘い合ったわけではない。
 その中の一人だ。この三人か四人のグループとはその後何ら付き合いはない。食べに行くときだけの仲間なのだ。
 卒業後、もうすっかり忘れていた。学生時代、親しかった友人は他にもいて、定食組はいわば即席部隊、混成部隊なのだ。
 そのため、その思い出した顔の名前さえ覚えていない。仮に青木としよう。その青木の顔が急に現れたのだ。
 顔に特徴があったとかではない。よくある青年で、いくらでもいそうな顔だ。平凡な。
 ではなぜ、その顔が、今頃急に出てきたのか。
 その青木のことよりも、そういう思い出し方をしたことに、田口は不思議がった。他の三人もついでに思い出した。覚えているもので、顔が出てくる。
 適当にクラスメイトと昼を食べに行く。一緒に昼を食べたいからではなく、臨時結成の部隊なのだ。用はそれだけで、目的はそれだけ。一人で食べに出るよりいいからだ。
 彼らのことは多少は知っているが、話の内容は軽い。食べるのが目的で、交際が目的ではないためだ。
 定食屋だけではなく、いろいろな店に、このグループで行った。しかし、それ以上の関係にはならなかった。
 といって、学生時代仲良くしていた連中とも、卒業後数年は合っていたが、その後、音沙汰はない。
 だから、定食屋グループと、より親しい友人達とのレベルは似たようなものになっている。
 さて、その青木だ。なぜ青木なのか。
 もし、この青木と町で偶然で合っても、分からないかもしれない。どちらかが顔を覚えていた場合、声ぐらいかけるだろうが、そこまでだ。
 田口が考えたのは、浅い縁(えにし)に対する、何ともいえない気持ちだ。感傷だろうか。
 青木の顔が浮かび上がったのだが、何十年も前の顔だ。
 この儚い縁について、思ったこともなかった。思い出す機会もなかった。田口にとってはかなり薄いキャラなのだ。三人か四人の中の誰でもよかったような。
 そこで田口は、この不思議な思い出し方について、考えてみた。
 すると、手垢が付いていないという程度のものでしかない。
 そして、今はあの定食組のような関係も悪くなかったと、いい思い出に持ち込んでしまう。
 浅く関わることも、決して悪くはない。
 
   了
 



2014年6月22日

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