小説 川崎サイト

 

隣の芝生

川崎ゆきお



「たまには何もないのもいいですなあ」
「熊本さんはいつもお忙しいですから」
「いやそうでもないよ」
「朝早くからいろいろされているのでしょ」
「日課だからね。しかし、今日は全部休みだ。たまには何もしない日があってもいい」
「私なんて、毎日やることがないので、暇を持て余していますよ。しかし、意外と忙しい」
「ほう、やることがないのに」
「じっとしていても間が持たないので、テレビを見たり、掃除をしたり、買い物に出たり、食べるものを作ったりと、これはこれで無限の領域があるんですよ」
「ほう、無限ですか」
「まあ、家事のようなものですがね。道にはみ出した庭木も切らないといけませんし、生け垣もきれいに散髪して、整えないといけませんからねえ」
「それもまた有為なことでしょ」
「しかし、仕事で忙しいとは訳が違いますよ。実際は忙しいんですがね」
「家のことは家内に任せてあるから、僕にはそんな用事は滅多にないねえ。生け垣もあるけど、植木屋にやってもらってるしね」
「熊本さんはお仕事で忙しいので、そちらに時間を割いて当然ですよ。私が忙しいのは私用ですし、内向きのことですから。熊本さんは外に出てお仕事をされている」
「何か、嫌味かね」
「いえいえ、まだまだ現役で活躍されているので、羨ましく思っていますよ」
「そうなんだが、私の仕事も実はやらなくてもいいんだなあ。やらないと食っていけないから仕方なくやっているだけだよ。あなたは働かなくても、食っていけるんでしょ」
「はあ何とか」
「そちらの方が羨ましいよ」
「いえいえ」
「必要のない……」
「はあ?」
「必要のないサービスを作り、売りつける」
「えっ」
「僕の仕事だよ。世間が必要としているんじゃない。僕が食うために必要としている商品なんだ。サービスだがね」
「はい」
「決してサービスじゃないよ」
「はあ」
「昔、田舎の喫茶店で、ゆで卵一つサビスしますって貼り紙があった」
「サビスですか」
「朝なのでモーニングサービスがあって、ゆで卵とトーストが付いてくる。コーヒーの値段でそれが付いてくるんだから、サービスだな。だから、モーニングサービスなんだ。さらにその上、ゆで卵をもう一つもらえるらしいんだ。言えばね。二つになる。まあ、朝から卵二つはしんどいけど、これこそがサービスだ」
「はい」
「しかし、私のやっているサービス業のサービスはそれじゃない。必要かどうか、また効果があるのかどうかが曖昧なサービスだよ。何かがあっての上でのサービス、つまりおまけだね。それじゃない」
「ちょっと、そういう経済の話は苦手でして」
「サービスを売っているようで、客からサービスを受けているようなものなんだ。サービスしてくれているのは客なんだ。最近それが苦痛でねえ」
「いえいえ、それは正当な商行為でしょ」
「そうなんだが、このサービスがなくなると、一番ダメージを受けるのは客ではなく、私なんだ。食えなくなるからね。植木屋に払う金もなくなる」
「忙しく、やっておられるのでしょ。蓄えはないのですか。あ、失礼」
「自転車操業だし、借金もある」
「はあ」
「だから、あなたの方が羨ましいと言ったでしょ」
「それで、今日、お休みになっているのは」
「ああ、一日休むとほっとするねえ。客をだますまねは、今日はしなくてもいい」
「それは考えすぎですよ、熊本さん」
「そうかね。でも、一儲けしたところで、早く引きたいよ」
「頑張って大儲けしてください。私なんて、そんな目的がないので、羨ましいですよ」
「芝生は青く見えるか」
「はい、隣の庭の」
「うむ」
 
   了
 


2014年6月26日

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