小説 川崎サイト

 

図書館の幽霊

川崎ゆきお



「霊長類って、やはり霊が入っている生物ですかねえ」
 図書館のロビーで、金田は賢者のような白く長い顎髭に話しかける。
「霊入りと、霊なしがいるんでしょうかねえ」
 白髭は答えない。
「あのう」
「あ、私ですか」
「そうです。ちょっと聞きたかったので」
「あ、独り言かと思っていました」
「いえ、霊について疑問が起こりましたもので。さっき本を見ていたのですが、怪しげな心霊書はあるのですが、心霊現象の話ばかりで」
「それは、形而上学の世界です」
「はあ」
「想像の世界です」
「そんな難しい話じゃなく、霊長類って何ですかね。霊が出てきますよ」
「漢字で、そう当てたのでしょうねえ」
「霊の長者ですか」
「あはは、そうですねえ。霊に長けた生物。ここでは動物ですが、猿なんかも含まれるんじゃないですか。よく知りませんが」
「一寸の虫にも五分の魂って言うじゃありませんか。虫にも入っているんですよね」
「魂と、霊とは、また違うのかもしれませんよ」
「猿と、犬や猫とはどう違うのでしょうか」
「はあ」
「ご存じない?」
「はい」
「犬猫には霊は入っていないのですか」
「あるでしょ」
「そうですよねえ」
「まあ、猿は人類の系譜なので、霊長類って言うんでしょうねえ」
「ああ、なるほど」
「で、どうして、そんなことを」
「人間って、霊なんですよ。これって、霊魂を認めていることになりませんか」
「ならないと思いますよ。ただの言葉です」
「霊前に報告するとか、誓うとかがあるじゃないですか」
「ありますねえ」
「あれは何ですか」
「それ以上のものじゃないですよ」
「ほう、乗ってきましたなあ」
「え、何がです」白髭はどきりとする。
「霊の話に乗ってこられたと言っただけですよ」
「ああ、そうですか」
「まさか、あなたは幽霊ではないのですか」
「違いますよ」
「私は、この図書館ロビーに毎朝来て、新聞を読んでいます。来る人はみなさん常連で、ロビーのソファーの位置まで決まっているんです。あなたは一度も見た覚えがありません。しかも目立つ白く長い顎髭ですよね」
「私は今朝始めて来ただけです。この町にも立派な図書館があると」
「なるほど」
「あなたは私が幽霊だとすれば、どうなんです」と白髭が聞く。
「どうなのとは」
「本物の幽霊だとすれば、どうするおつもりですかな」
「ああ、それは、まだ考えていませんでした」
「本当にそうなら、あなた、大変な経験になりますよ」
「ああ、はい」
「それよりも」
「何ですか、白髭さん」
「ここの図書館、もう閉鎖されて、かなり経っていたとしたら、いかがです」
「つまり、そうなると、二人とも幽霊。いや、ここの人達も」
「はい」
 金田はあわてて立ち上がり、図書館を出た。中庭に出ると、蝉時雨。その脇にある自転車置き場には、金田の自転車もある。いつもと変わらない。
 ロビーに戻ると、白髭はまだいた。
「いましたか」
「幽霊じゃないですよ。私は」と白髭。
「私もだ」と金田。
「霊長類の話、続けますか?」
「いや、もういいです。白髭さん」
「図書館も無事でしたか」
「閉鎖などされていませんよ」
「それはよかった」
「しかし、一瞬、冷やっとしましたよ」
「幽霊が見えないのは霊長類だけかもしれませんねえ」
「また、おかしなことを」
「いえいえ」
「私の友人で幽霊や、怪しげなものをよく見る奴がいるんです。それで調べていたんですよ。霊関係の本を」
「そうですか、お大事に」
 そこへ一人の男が入ってきた。
「先生」
 白髭を呼んでいる。そして、近付いてきた。
「こんなとところで、さぼっていたのですか。幽霊屋敷の取材を始めないと、もう行きますよ」
 白髭は渋々立ち上がった。
 
   了
 


2014年6月27日

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