小説 川崎サイト



幻想

川崎ゆきお



「幻想が見えることってあるんだなあ」
「幻想?」
「その人にしか見えない幻だよ。誰も入って来られないマンションに人が来ているとかね」
「幻覚ですか」
「幻の感覚だよ」
「よくあることなんですか?」
「聞くねえ」
「錯覚じゃないんですか?」
 浦田は気味悪くなってきた。
「お年寄りのいる家なら、よくあるんじゃないかな」
「誰が来るんでしょうか」
「ほとんどが悪人だね。悪い奴だ。まあ、そのお年寄りの生きて来た物語の中に登場する悪人達だろう。敵と言ってもいいね」
「どうしてそんなことに」
「最近多くなったのは、人と接する機会が減ったお年寄りだ。好い人も悪い人も身近にいて出入りしてた。昔の家ならね。まだ町内が残っていたので人の風通しがよろしかった。今はよろしくない。外敵がいなくなったのかもしれないねえ。平和すぎてね」
「恵まれたお年寄りほど、そういう幻想を見るのでしょうか?」
「人も国も敵が必要なんだよ。それで気合が入る」
「そんなものですか」
「だから泥棒が風呂場にいたり、キッチンにいたりする。マンションのバルコニーから中を窺っていたりね」
「よく分かりません。それは精神的な病気では」
「それで片付けてしまえば早いがね」
「違うのですか?」
「その人の人生だよ。その中の話なのだよ。それを病気と言ってよいものかどうかだ」
「なるほど」
「必要なのかもしれない現象なんだよ」
「仮想敵のようなものですか」
「それは的を得ているね」
「でも、気味の悪い話ですねえ。本当はいないのに、いるように見えるんでしょ。それを本当に現実のことだと思うのでしょ。でも家族にはそれが見えない」
「幽霊というのは、そういう仕掛けかもしれないねえ」
「そっちの方へ行きますか」
「幽霊を見た人は病気かね」
「違います」
「それと同じだよ」
「納得出来ました。有り難うございました」
 浦田はマンションの一室で、一人深々とお辞儀した。
 
   了
 



          2006年12月27日
 

 

 

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