小説 川崎サイト

 

四鬼

川崎ゆきお



「季節の変わり目にはややこしいものが出る」
「ややこしいとは?」
「面倒なものだ」
「人ですか」
「ああ、季節の変わり目にはおかしな奴が出ると言われておるが、昔のことじゃ。今はそれほど季節感はない。四季の移ろいも昔とはちと違う」
「じゃ、そのややこしいものとはなんですか。何が出るのですか」
「気の精霊」
「はあ」
「気の悪霊と言ってもいい。気の精じゃ」
「精霊ですか」
「妖怪のようなものでもあるが、形はない。空気のようなものじゃな」
「季節の変わり目に、その気の精霊が出るのですね。それがややこしいと」
「ややこしい災いを与える。人にな」
「動物には?」
「それは知らぬ。動物は本能がしっかりしておる。自己防御のな。だから、ややこしいものを交わすことが出来る。まあ、そういうのに取り憑かれても動かず、じっとしておる。その判断がしっかりしておる。しかし、人はそうはいかん。欺される。その気の精にな」
「人を欺すような妖怪なのですか」
「それなら、昔から狐狸がおる。形がある。気の精にはそれがない」
「違いはそれだけですか」
「悪い風が吹く」
「はい。それは風邪ではないのですか。ウィルスとかバイ菌とか、そういったものでは」
「顕微鏡で見れば形があるだろう」
「あ、はい。それで、その悪い風とは」
「気配として分かる。今吹いておる風は普通の風ではなく、悪しき風じゃとな」
「寒いとか」
「生温かい場合もある。体の奥まで突き抜ける風じゃ」
「それは何でしょう」
「季節の変わり目になると、そういう、ややこしいものが出るのじゃ」
「何かの比喩ですか。季節の変わり目に体調を崩すとか、ありますよね。そのことではないのでしょうか」
「そうじゃない。気の精の仕業じゃ」
「それは、どんなややこしいことを人に成すのですか」
「人変わりしたり、妙な行動を起こしたり、妙なことをしでかしたりする」
「何かに取り憑かれているとか」
「本人が自発的にやっておる」
「でも、気の精がそれをやらせているのでしょ。ややこしいことを」
「気の精はきっかけを与えるだけ、スイッチじゃ」
「はあ」
「あとは、本人が勝手に振る舞う。そのため、それを抜く祈祷も効かぬ。霊落としもな」
「それは治るのでしょうか」
「ああ」
「治るんですね」
「そのうちな」
「ああ、よかった。それで、対処法は」
「ない」
「でもしばらくすれば治るのですね」
「そうじゃ。気が抜けるようにな」
「気が触れた状態に近いのですか」
「状態は人それぞれ、自発的なのでな」
「あ、はい。じゃ、それは精神的な疾患のようなものですか」
「先ほどから言ってるじゃないか、気の精が原因じゃ。本人は問題ない。まあ、気が病んでいるかどうかも分かりにくい」
「それは、季節の変わり目に起こるのですね」
「そうじゃ、古人はそれを鬼に引っ掛けて四鬼と呼んだ」
「鬼なんですね」
「精霊よりも使い回しがよい。それに鬼と言った方が分かりやすい」
「四季と鬼を掛けたわけですね」
「四季はまた、式とも呼ぶ」
「では、式神の」
「そのややこしい気の精は形なく、症状もまちまち。だから、しっかりとしたキャラにはならなかった」
「キャラですか」
「ああ、鬼や妖怪のようにはな。しかし、当てはめるものはある。それが気じゃ」
「空気の気ですね」
「気配の気」
「気合いの気ですね」
「気持ちの気じゃ」
「はい」
「それで、四季に現れる気の精の気分は分かったじゃろ」
「はい、何となく。しかし、それって、役に立ちます」
「立たない」
「あ」
 
   了

 




2014年7月11日

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