小説 川崎サイト

 

動かざるもの

川崎ゆきお



「山がそこにある」
「はい」
「風が吹く。この季節、西風が多い。この場所ではな」
「はい」
「こういう動かしがたい話が私は好きだ」
「あ、はい」
「それとは別の話とは、人文の話だな。これは何とでも言える。時代により動いておる。語る人によっても違ってくる。それらは信用ならん。やはり山がそこにある。風が西から吹いておる。これがいい」
「しかし、あまり大きな意味はありませんよ。ただそれだけのことでしょ」
「そうじゃ」
「石がそこにある。のと同じでしょ」
「石が何処にある」
「えっ」
「だから、その石は何処にある。石だけが背景なしにあるのかね」
「何処でもいいです」
「風も場所により吹き方が違う。季節によってもな。石も何処かにあるわけじゃ。何処じゃ?」
「テーブルの上にです」
「そんなところに何故乗せる。誰かが乗せないと、石はテーブルの上にはないぞ」
「ああ、適当に言いました。石は市街地の歩道にありました」
「どのぐらいの大きさで、数は」
「ポツンと一つだけ、歩道に。そして、握り拳ほどの大きさで」
「石の種類は」
「はあ」
「花崗岩か、玄武岩か」
「いやあ、石一般です。よくあるような」
「市街地の歩道に石など最初からないだろう。誰かが落としたのか、近くの石を蹴飛ばして、歩道に乗ったか」
「ああ」
「ものには背景がある。砂利道で小さな石がゴロゴロあるのは許せる。しかし、そんなところに最初から砂利などなかったのだ。誰かが砂利を敷いたのじゃ。舗装する金がなかったのか、とりあえずな」
「はい」
「しかし」
「はい」
「敷いてしまったのなら、仕方がない。ある程度年月が経てば、動かしがたいものになる。最初からそこにあったようにな。まあ、砂利は動くので、いい喩えではないが。ビルもそうじゃ。住宅地に建つ高層マンション。そのビル風。これも以前にはなかった。しかし、何年も、そんな風が吹いておると、認めるしかない。動かしがたいものとしてな」
「自然の景観も変わるでしょうから」
「そうじゃな。山の形も実際には変わっていくだろう。川の流れもな。だから、動かないものなどないのじゃ」
「じゃ、万物は全て動いているわけでしょ。変化しているわけでしょ」
「その中で」
「はい」
「変化の緩いものが好ましい」
「師匠が好きなのですね。そういうのが」
「まあな。あくまでも比較だ。そして、単純なものがよろしい。それ以上捻ったり、工夫をしたりせんでよろしい」
「それも師匠が好きなだけなんでしょ」
「いちいち、好き好きというな」
「あ、はい」
「わしは、自分の好みを言っておるだけに聞こえるじゃないか」
「そうなんでしょ」
「まあ、そうじゃが」
「安心しました」
 
   了
 

 


2014年7月14日

小説 川崎サイト