小説 川崎サイト

 

ビジネス芸

川崎ゆきお



「最近古い話をよく読んでいるのですよ」
「ほう」
「こうして町を歩いていても、それと重なったりします」
「ほう」
 語っているのに、相手は乗ってこないようだ。仕事で一緒に取引先を訪問する途中で、二人は特に親しくはない。
「昔も使いは二人です」
「はあ?」
「だから、使者もそうですが、二人で行ったとか」
「私らは使者か」
「高岡さんが正使です。僕が副使」
「まあ、そうだね。一人でもいいんだけどねえ」
「だから、副使は監視役でもあるのです。正しく伝えたかどうかの証人でもあるのです」
「じゃ、君はお目付役のようなものか」
「いえいえ」
「じゃ、君のほうが偉いのか」
「そうじゃありません。僕は御供です。下僕だと思っていただいてもいい」
「しかし、目付だろ。監視役だろ」
「それは、まあ」
「心配するな。社の方針はしっかりと伝える。しかし、多少のさじ加減はいいだろ」
「それはもう、高岡さんのご自由に」
「じゃ、君は何処まで関わるんだ」
「だから、二人で行くのが約束事なので、それだけじゃないですか。それに一人じゃ押し出しが悪い。相手が一人なら二対一です。数で勝ってます」
「しかし、会議室に呼ばれたぞ。先方はもっと多いんじゃないのか」
「だから、それが分からないから、最低限二人で行くのですよ。高橋さん一人じゃ貧弱でしょ」
「誰が貧弱だ」
「いやいや、御供の一人ぐらい、いた方が何かと」
「まあ、そうだな」
「それに一人じゃ、力の入れようが足りないように思われます。二人で繰り出す。だから、いいんです。三人でもいいですが、部長は二人にした。その規模の話のためでしょ」
「君は誰だった」
「御供です」
「そうじゃなく、いつもどの部署にいる」
「専門です」
「ええ?」
「御供専用員です」
「そうだったか」
「どうせ、僕は何も喋りませんよ。横でじっとしています。それだけの要員です。今日の話も実は何も聞いていません」
「そうか、じゃ、君に相談しても仕方がないのか」
「適当に振ってください。適当に答えます。ある時は技術員、ある時には専門職のキャラに変身しますから」
「聞いても君は分からないのだろ」
「分かりませんが、僕に相談をするのは、先方の話が飲めないときでしょ。だから、小声で、適当に念仏を唱えてください。僕も念仏で応じます」
「君は、それだけを仕事にしているのか」
「はい。同じ部署から二人出すのは、もったいないですから」
「君は普段、何処の部署だ」
「御供課です」
「あるわけないだろ」
「しかし、古い本を読んでいると、やはり二人一組なんですよね」
「また、その話か。しかし、どうして、そんな君のような要員を作ったのだろうねえ」
「教育でしょ。まずは交渉現場に慣れることだと思います」
「内容も分からないのに参加する。それは座敷芸のようなものじゃないのか」
「いいですねえ。それ。じゃ、御供課じゃなく、お座敷課に変えるよう言っておきます」
 
   了




2014年7月18日

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