小説 川崎サイト



凍結

川崎ゆきお



 大通りに沿うように雑居ビルや古い家並みが続いている。昨日今日出来た市街地ではない。創業三百年とかの老舗の饅頭屋もある。
 倉橋は祖父から以前、市電が走っていたことを聞いている。それがトロリーバスとなり、市バスになり、利用者のほとんどは老人になっている。マイカーも増え、大通りを占領している。
 倉橋の祖父は去年亡くなった。
 倉橋が祖父の部屋を整理していると、黄色くなった封筒が見つかった。両親は貴重品だと思わなかったのか、引き出しの中に居残っていた。よく見ると書店の包装紙で、文庫本が入っていた。読んだ形跡がないのか輪ゴムで止めてある。
 祖父の本は何冊も見ている。読んだ本は必ずブックカバーが外され、本箱に並べられていた。
 倉橋がその町を訪ねたのは祖父が文庫本を買った本屋があるからだ。学生時代に過ごした町のようで、多くは聞いたことはないが、祖父にも青春時代があったのだ。
 倉橋はその本屋を捜したが、ブックカバーにある番地にはなかった。つぶれたのかもしれない。
 市電が走っていた頃の景色もわずかに残っており、木造の古い商家やレトロなビルが虫歯で黄色くなったようにところどころにある。
 倉橋は春になれば社会人となる。会社へ行き出すと自由な時間などなくなる。青春も終わってしまう。
 感傷に浸りたかっただけかもしれない。
 狭い歩道を歩いていると自転車と何度も接触した。
 適当に座れる場所ということで喫茶店に入った。喫茶とグリルとなっている。中はかなり広い。祖父の時代からあったような店で、おみくじ付きの灰皿が古い壷のようにテーブルに乗っかっている。
 客は誰もいない。中年に近い店員がいるだけ。創業者の孫かもしれない。
 出てきたアイスコーヒーの氷が茶色い。コーヒーを凍らせた氷なのだ。
 トイレを探すが入り口らしいドアがない。厨房近くを探していると、店の人がトイレの場所を教えてくれた。
 カーテンを開けると、薄暗い部屋に出た。かなり広い。テーブルがずらりと並んでいる。使っていない客席なのだ。その奥にもカーテンがあり、足元を板で塞いである。それをのけると土間のような空間に出る。そこを右へ行くように言われた。
 トイレらしきドアがあり、暗くても読めるように大きな文字で電気のスイッチ押してくださいと書かれている。
 用を済ませ、戻るとき、使われていない客席を通過したのだが、倉橋は祖父の時代の青春のざわめきのようなものを聞いた気がした。
 
   了
 
 



          2007年1月3日
 

 

 

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