小説 川崎サイト

 

夏の半ズボン

川崎ゆきお



 長田は夕食のおかずを買いに来たついでに衣料品を見ていた。季節は夏。もう梅雨も明け、本格的に暑くなる季節。
「脱げばいいんだ」
 そう思い、夏物は殆ど買っていない。暑いときはパンツ一枚に近い格好で部屋にいる。まだ梅雨の頃は涼しい日もあるので、寝間着代わりのジャージをはいているが、それでは、暑くなるだろう。だから「脱げばいい」となるのだが、下はパンツだ。それでもいいのだが、誰かが来たとき、すぐに出られないし、自分自身も自分のパンツを見たくはない。
 そこで今見ているのは、夏の半ズボンだ。ただ、外出用ではなく部屋着らしい。ジャージと違うのは、だぶっとしていることだ。デカパンのような感じだが、涼しそうだ。ジャージの裾をいつもまくっているが、これが面倒なのだ。それに体にフィットしすぎ、それで暑い。そのため、ジャージを切って半ズボンにしてもあまり意味はない。それに寒い季節になると、切ってしまったことが惜しまれる。
 ステテコでもいいのだが、これでは外に出られない。今、店屋で見ているのも部屋着だが、出られないわけではない。生地は意外と分厚い。汗をかなり含みそうで、はいていて重くなるのではないかと、心配になるが、ぺらぺらしたものよりも、こちらのほうがまとい付かないように思えた。さらに生地が薄いとパンツと同じになる。ステテコもそうだが、股間の膨らみを消したい。それにはあの分厚くゆったりとした生地が好ましい。誰か訪問者が来ても、あの半ズボンなら問題はない。
 長さは膝まで。そして足が二本入りそうなほど広い。
「買うか」
 価格は千円。高いものではない。しかし、それを買うと、月末のおかずが貧弱になる。今月はもうその種のもので使うお金がない。食費とタバコ代だけだ。
 だが、一夏、この半ズボンでどれだけいい思いが出来るかだ。きっと出来るだろう。ジャージをめくってはくことを思えば、快適な夏を過ごせそうだ。たった千円で。
 しかし、もし、本当にそれが気に入り、もう脱げなくなったときのことを考えると、一枚では駄目だ。洗濯や乾かしている間にはく分もいる。
 ただ、失敗したときはどうなる。二枚買うのは早計だ。
「気に入ったら、もう一枚買う」
 長田はそう決めたとき、もう買う決心が終わっていたのだろう。買うかどうかよりも、一枚にするか二枚にするかと考えたとき、落ちたのだ。
 そして、千円を落とし、夏の半ズボンを買った。
 失敗だったか、成功だったかは、長田は語らずじまいなので、分からない。ただ、二枚目は買わなかったようだ。雑巾に落ちた可能性もある。
 
   了

 



2014年7月20日

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