「十年になる」黒崎老人がポツリと事務員に言う。会費を払いに来たついでにぼやき出したのだ。
「はい」
「三年は続けろと言われた」
「そうでしたか」
「十年やればもう充分だろ」
「山根さんは二十年目です」
「何? そんな長老のようなのがまだいるのか」
「はい」
「その山根長老は耐えてきたのか」
「らしいです」
「二十年も会費を払い続けたのか。その金で一年は遊んで暮らせたはずだ」
「強制はしておりません」
「やめてもよいのか」
「普通の人は自然にやめられていますが」
「石の上にも三年だ」
「はあ?」
「ことわざだ。三年はやめないで頑張り続ける。一つのことを最低三年はやらんと、芽も出ぬ」
「その三年の話はどなたから聞かれました?」
「前の事務長だ」
「では十年年前の話ですね」
「そうだ。彼は三年は我慢しろ、それまで文句は言うなと」
「三年は長いですねえ。数カ月でやめる人が多いですね」
「十年は充分だろ。二十年の長老は別格として」
「そうですね」
そこに山根が現れた。
黒崎老人は山根をロビーに誘った。
「二十年目の山根さんとはあなたですね」
「いやあ、お恥ずかしい。なかなかうまく行きません。学生時代に入会したのですが、もう充分中年男ですよ」
「銀行振込とかで払わないのかね」
「来て払った方が充実しますから」
「わしもそうだ。申し遅れたが、十年目だ。あなたには負けるがね」
「こういうのは年数とは関係がないように思いますよ」
「しかし、二十年もあれば、何かの偶然が発生してもおかしくないでしょ」
「惜しいのはありましたが、駄目でしたね」
二人は容姿を確認しあった。そしてどちらも同じ感想を持った。
了
2007年1月4日
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