小説 川崎サイト

 

思い出劇場

川崎ゆきお



 昔のことを思い出すのは、どのようなタイミングだろう。朝から昔のことばかり思い出すわけではない。寝る前まとめて思い出すのでもない。何かのきっかけで思い出すのだろう。年を取ると経験が多くなるため、在庫が多い。そのため、若い人よりも思い出している時間が長いのかもしれない。また、もう引退した人は暇なので、じっとしているときに、牛の反芻のように思い出すのだろうか。
「昔って、いつだい」
「昔だよ」
「どの程度の昔?」
「去年じゃ早いなあ。二年も早い。十年なら良いかもしれんが、年を取ると、十年でもまだ新しい。二十年、三十年ほどからが昔かな」
「個人差は」
「あるだろうねえ。やはり環境が変わったら、昔かもしれない。引っ越したときとかね。また、その頃は今とは違う仕事をやっていたとか。繋がりの質が変わったとか」
「しかし、若い人でも昔のことを思い出すだろ。二年前のこととか」
「ああ、昔とは言いにくいけど、過去だね。過去イコール昔でもいいんだけど、昔って、昔話の昔があるんだ。だから、百年前、千年前の昔も入る」
「それはいいけど、どんな昔の話を思い出すんだい」
「ああ、何かがあったとき、昔はこうだったなあと思い出す」
「今とやり方が違っているときかい」
「そうそう。昔はこんなのじゃなかったとかね」
「そのときの昔は、やはり区切られているんだねえ」
「そうだと思いますよ。酌み取り式の便所が水洗になったようなもので、今後酌み取り式はないでしょ」
「工事現場なんかにあるけど、あればタンクだね」
「ああ、あれの交換、いやだろうねえ」
「そういう話かい」
「違う違う」
「やはり僕が思うには区切りだと思う。その人の」
「ほう」
「だから、若い人でも、区切りがある。半年単位でもね。いろいろと変化がめまぐるしいと、区切りが出来る。何々時代ってね。分かりやすいのは学生時代だ。子供時代でもいい。それのもっと細かいタイプだ。その人だけが持っている区切りね」
「はいはい。あなたの方が、昔話には詳しそうだ。私はただ、ぼんやりと、昔はこうだったなあと思い出して、楽しんでいるだけですよ」
「老いた証拠ですよ。楽しむなんて」
「アーカイブですよ」
「しかし、古い記憶を引っ張り出してきても、何ともならんでしょ。郷愁に浸るのなら別ですが」
「ああ、自然に思い出してしまうので、別に引っ張り出してどうこうするんじゃないですよ。ただ、今思い出すと、省みなかったことがもったいなく思います。良いことがあったとき、そのときは喜んだ思い出はあるのですが、さらにじっくりと喜んだわけじゃない。さっさと次のことをやってますからねえ」
「成功談をいつまでも言い続ける人のように思われますよ」
「ああ、言いません。人には。密かにそのシーンを楽しんでます。何度も思い出して、楽しみます」
「たまにあなた、独りでニヤニヤしているときがありますね。それをやっているときですか」
「見られましたか」
「自転車に乗って、何かニヤニヤしながら走ってましたよ。何も見ていない目でしたねえ」
「あら、見てたのねーですなあ」
「都はるみですなあ」
「解説ありがとうございます」
「一人」
「え、何が一人ですか」
「飲み屋で、一人」
「はい」
「ちびちび飲みながら昔のことを思うことが多い」
「あなたもやってるじゃないですか」
「若い人より遠い。リーチがね」
「より古いネタなんですね」
「昨日のことでもいいんですがね」
「より古い方が好ましいと」
「これはもう、自分で演出が入りますよ。実際はそうではなかってもね」
「ありますあります。いい風に思い出しますよね。当然僕が主人公で。しかし、本当は他の人が主人公だったのですが」
「しかし、それは昔は良かったって流れになるので、駄目ですよ」
「はい、だから、悲しい思い出などを入れます。これはしんみりしますので、元気なときでないと駄目です」
「そうです。浮かれたときなど、悲しい思い出を浮かべて調整します」
「そこまで、弄ってますか」
「いえいえ、在庫は多いです。しかし引き出し方ですなあ」
「昔の思いに浸るにも、コツがあると」
「そうです。使いようです」
「はい、ありがとうございました」
「いえいえ」
 
   了





2014年8月1日

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