小説 川崎サイト

 

ゆっくりさん

川崎ゆきお



 夏台風が近付いてきているのか、雨が降っている。
「しんどいときはしんどいと言えるといいねえ」
「何処かしんどいのですか」
「体がしんどい。えらい」
「それはいけませんねえ」
「いけないが、まあ、そんな日もある。体が重い日がね。翌日には治っていたりする」
「それはお大事に」
「と、言うようなことが勤めているときには言えなかったねえ」
「はい、少し体調が悪い程度なら」
「そうなんだね。しかし、体調の悪い日は仕事もはかどらない。簡単なことでも重く感じる。時間がかかる。しかし、それではみっともないので、頑張る。すると、さらに調子が悪くなる。それを今日はしんどいので、ゆっくりさんだって言えない」
「ゆっくりさんですか。こっくりさんみたいですねえ」
「それに近いね。原因が分からない。ただ、今日のように暑いのか涼しいのかよく分からん雨の日に多かったねえ。今日は台風が来ているんだっけ」
「はい、台風です。お年寄りは低気圧に敏感とか」
「雨に敏感になるねえ。それは若い頃からだ。雨の日は調子が悪い。翌日晴れていれば、治ってる。簡単な話なんだが、そういうことで、ペースが変わることを会社に言いたくない。分かるでしょ」
「元気でないと」
「そうそう。すぐにしんどがる奴ではだめだからね。だから我慢したよ。しんどいときはしんどいと言ってみたかった。怠けているように見られるからねえ。それが嫌だった。好きでゆっくりさんをやっているんじゃないんだ」
「ゆっくりさんに取り憑かれたって、言えばいいのに」
「憑かれはせんが、疲れる」
「じゃ、疲れているんですよ」
「そうかもしれんなあ。雨の日じゃなくても、しんどい日がある。これは本当に体調が悪い日だなあ。ペースダウンも甚だしい」
「じゃ、やっぱりゆっくりさんの仕業ですよ。会社にそう言えば、納得してもらえたかもしれないですよ」
「あんた、何だい」
「えっ」
「悪い冗談を。そんなことで納得してもらえないよ。可能なら、言ってるよ」
「そうですねえ。でも、ゆっくりさんに憑かれたってのは、いいと思いますよ。あ、悪いことなので、決して歓迎すべきことじゃないですが」
「ああ、あんた、何なのだ」
「すみません。冗談が好きで」
「慎むべきだ。不愉快だ」
「あ」
 その青年が冗談を平気で言い放せるには、まだ若すぎた。もう少し先だろう。そして、好きなときに冗談が言えるようになるまで我慢して待つしかない。
 
   了



2014年8月8日

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