小説 川崎サイト

 

日本の黒幕

川崎ゆきお



 古美術商の店員である高畠は、いつものように平田氏の応接間に通された。そして、決まって裏話を聞かされる。その前に当然頼まれていた壷や皿などを渡すのだが、いずれも高いものではない。美術品だが、実際に使え程度の値段なのだ。
 平田氏はパイプを吹かしながら、政財界、芸能界の裏話を披露してくれる。高畠の勘だが、あまり古美術品には興味がないのか、もう飽きたのか、その話はあまりしない。
 平田氏は低い声で、まるで怪奇小説に出てくる古城の主のような音色なのだ。そういえば、この屋敷も、何処か城を思わせる。ブロードソードやアックスなどが壁に掛けてあったりする。応接間は天井も高く、広々としている。その高い窓には庭の古木の枝が、妙な曲がり具合で延びている。痙攣を起こした腕のように。
 さて、裏話だが第一次世界大戦から第二次大戦までの日本の諜報将校の話が多い。それらのスパイのような人たちと、平田氏は関係があるのだろう。時期的には長い。大戦の間隔も、決して短いものではない。ただ、ネタは終戦後しばらくしてまでで、その後は、その種の組織と縁が切れたのか、または代が変わってしまったのか、芸能界の話ばかりになる。
 古美術商でしかない高畠は、あまりそちら方面には興味はないのだが、昔の映画俳優のゴシップなどは聞いていて楽しい。
「日本を牛耳っている組織があるのですか」高畠が、そんな質問をしたことがある。今まで聞いていた話では、どうもそんな組織が動いているような筋書きのためだ。
「それは聞かない方がいいでしょう」
「何々一族とか」
「はははは、そんなものかもしれませんがね。実はもっと古いのです」
「日本を牛耳っている組織が昔からあるのですか」
「平家や源氏の奥を見ることです」
「え、そんな昔から」
「いや、古代までさかのぼるかもしれませんなあ」
「それは、雄大なロマンですねえ」
「私が注文する壷や皿なども、実は、その系譜と関係します」
 さすがに古美術商なので、それで何となく分かってきた。平田氏が注文する古美術は、ある決まった特色があるのだ。
「壷と皿、これですなあ」
「特に壷と皿ですか」
「そうです。他のものはいいのです。盾と矛でもいい」
「なぞなぞですねえ」
「まあ、私がこれまで語ったことは、話してもいいことです。実際に本になっているものもあります。ただ」
「ただ」
「古代から牛耳っているものに関しては」
「それは話せないのですね」
「聞かれますからね」
「え」
「聞いているのは私だけですが。それとも盗聴されているとでも」
「筒抜けです。そんな道具は必要でない方々ですからねえ」
 高畠は、ここで何となく分かった。その口調から気付くべきだったのかもしれない。
 それは、怪奇小説の語り方だということを。
 
   了


 


2014年8月9日

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