小説 川崎サイト

 

予知能力

川崎ゆきお



 日常の些細事を気にするのは、他に何もないからだろう。他のことで忙しいと、どうでもいいことになり、神経も回らないだろう。ただ、仕事上での些細事はどうなのか、これは微妙だ。早くそれに気付いたため、助かることもある。役に立ったり、ヒントになったりもする。それも含めて仕事なのかもしれない。ただ、そういう神経の細かそうな人が横にいるとやりにくいだろう。
「山田君はセンサーのようなものですねえ。真っ先に異変を感じる。それは注意深く神経を張り巡らせているためですか」
「そうではありません。自然に気付くのです」
「ほう、私は言われるまで気付きませんでしたが」
「周囲をよく見ているからですよ」
「私も見ていますが」
「そのとき引っかかるのです。いつもと少しだけ動きは違う。形が違う、色が違う」
「それはごくわずかな変化ですか」
「そうです。気付かないほどの」
「じゃ、気付かないでしょ。普通の人は」
「そうですか、僕は意識していなくても気付きます。見えている物だけじゃなく、音や空気なども」
「五感で関知しているのですね。センサー山田とはよく言ったものです。私も、そんな部下がいて心強い」
「それ以前に」
「何かな」
「観察の努力も必要です。しかし、これは余所見なんです。だから、いい部下じゃないです」
「しかし、この前の事故を未然に防いだのは、君のおかげだよ。おかげで私も誉められた」
「あれは余所見していたためです。風もないのに、ひらひらと糸くずが揺れてました」
「漏れていたんだ。君はそれに気付いた。あのガスは無臭だからねえ」
「でも仕事中、余所見していたようなものです」
「いやいや、余所見じゃなく、気になったから、見たのでしょ」
「はい」
「じゃ、いいじゃないか。センサー山田として、これからも活躍してくれ」
「仕事はいいのですが、家庭が」
「奥さん、何処かへ行ったんだってねえ。子供を連れて」
「はい、二回目です」
「センサーが効きすぎたのかねえ」
「だと思います。それで悟りました」
「悟ったと」
「はい」
「どういう風に」
「気付いても知らん顔することに」
「簡単な悟りだねえ」
「感知できすぎるとだめです。知っても知らない振りをする」
「なるほど。私は鈍いほうでねえ。逆にそれで平和なのかもしれない」
「台風が来ていますねえ」
「ああ、まだ先だけど」
「あれはそれます。こちらには来ません」
「どうして分かるんだ」
「表の草むらにいる藪蚊の動きで分かります」
「嘘だろ」
「ああ、これは、よけいなことです。仕事とは関係ありません」
「君」
「はい」
「そのセンサー、別の物じゃないのかい」
「はあ」
「そこまで見えたり、分かるってのは、少し違うよ」
「何が違います」
「いや、普通じゃ……」
「あ、今のは冗談です」
「本当かなあ」
「はい」
「そんなに予知ができるのなら、職業を変えた方がいいよ。君」
「あ、はい」
  
   了



2014年8月13日

小説 川崎サイト