小説 川崎サイト

 

怪異蔵

川崎ゆきお



「これはもう何でも出ますなあ、妖怪でも幽霊でも」
 妖怪博士は苦笑いした。
 それを見て、狐の目のように吊り上がり、そして細い目を彼女はいっそ引き上げた。狐と違い眉がある。この眉は見事な弓形で、半円を描いている。書いたものだろう。若くはないが年寄りではない。この時期の女性は止まったようにある年齢までは変化が鈍いのだろう。
 妖怪博士は蔵を拝見している。中に階段があり、二階へ上がれるが、段数は少ない。中二階程度だ。一階三面の壁際に色々な物が置かれている。蔵は倉庫でもあるのだが、そこに置かれている物が異様だ。雛祭りりのお雛さんがびっしりと座っている。何段かある雛壇に座れきれないほどだ。形やタイプも様々だ。
「これは?」
「買った物もありますが、もらった物もあります。もらった物の中には曰く因縁付きの子もいます。夜中に首が回ったり、ポンポン飛んだりするらしいです」
「見ましたか」
「いいえ」
「そちらの人形もそうですか」
「髪の毛が伸びる人形は五人います。これももらいました」
「もらいに行ったのですか」
「持って来てくれました」
「その横の黒っぽい人形は悪魔系ですか」
「南方系とアフリカ系を分けて置いています」
「民族博物館のようですなあ」
「こちらはジーニーです」
「魔法のランプに閉じこめられていた、魔人でしたか」
「細かいことは分かりませんか、そうらしいです。ランプはありません」
「ヤドカリか、カタツムリの中身のようなものですなあ。この魔人、愛嬌がありますねえ」
「はい」
「この板は卒塔婆でしょ」妖怪博士は壁際に立てかけられている板切れを指差す」
「はい、戒名などを書き掛けて失敗した物をいただきました」
「なるほど」
 妖怪博士はいちいち説明を聞くのも面倒になってきた。
「これは大きな御幣ですねえ」
「大きな神様が降りてこれるものと思われます」
「これももらわれたのですか」
「これは作りました。紙と竹で」
「そこのやっこ凧は何ですか」
「やっこさんが怖いのです」
「侍のお供をする中間のような人でしょ」
「足が怖いのです」
「どうして」
「めくっているからです。それに」
「それに?」
「死んだ人が頭に付ける三角の」
「はいはい。あれを膝に付けていると」
「だから怖いのです」
「その怖い物をわざわざ飾っておるわけですね」
「怖い物は出し切ったほうが楽ですので」
「その階段の上は?」
「案内します」
 妖怪博士は彼女の後から階段を上がった。そこは結構すっきりしている。その正面の壁に人物画が掛かっている。
「誰ですか」
 掛け軸になった絵だ。
「法然さんです」
「昔のお坊さんですねえ」
「南無阿弥陀仏です。これだけで効きますから楽です」
 その横に大日如来の絵があり、さらに横に弘法大師の木版画もある。空海だ。
「法然さんのほうが上ですかな」
「はい、私の中では子供の頃から見ていますので」
 妖怪博士は法然の線画を見る。掛け軸に貼り付けてあるだけだ。
「版画ですかな」
「そうです。大昔、売りに来た人がいたらしいのです。弘法さんもそのとき買ったとか」
「江戸時代の話ですか」
「そうだと思います」
「それで、本題なのですが、出て当然ですよ」
「色々出ます」
「妖怪も、悪魔も、人形の幽霊も、これじゃ出っぱなしでしょ」
「あ、はい」
「これは、出るように置いたのでしょ」
「そんなつもりはなかったのですが」
「この蔵の扉を開けると、人形がさっと元の場所に戻ろうとしたり、やっこが生足を出して走っていたりするわけでしょ」
「はい」
「これらの物をですねえ」
「はい」
「一度、原っぱかどこかに並べて置いてみなさい。そこでは出ません」
「あ、はい」
「こういう狭いところに、びっしりと並べるからだめなんです。いいですか」
「はい。ではどうすればいいのですか」
「法然さんでは効きませんか」
「出ます」
「空海の方が効きそうです。中央に掛けた方がいいでしょう」
「弘法さんの顔が怖いのです。法然さんの方がいいです」
「大日如来の絵でもいいですよ。横にありましたねえ」
「はい」
「しかし、化け物に効くかどうかは私にも分かりません」
「はい」
「あと、試しにですが、肖像画を画いてもらいなさい」
「誰のですか」
「あなたのです」
「私の」
「それを、あの須弥壇のような中二階の奥の壁に貼りなさい。法然さんの前に」
「では法然さんが隠れてしまいます」
「あなたの肖像画の後ろでいいのです」
「ああ守護霊のような意味ですか」
「まあ、そんなところです」
「やってみます。博士」
 その後、怪異は起こらなかったようだが、最初から、何も起こっていないのだ。
 妖怪博士は鬼姫のこけしをお礼にもらった。一番ましなのは、これだったので。
 
   了

 



2014年8月15日

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