小説 川崎サイト

 

幻の盆踊り

川崎ゆきお



 正月とお盆。この二つはペアのように見えるのは、一年の中で、まとまって休める日のためかもしれない。年中無休の個人商店も正月と盆だけは休むことがある。正月は一月。お盆は八月。半年間隔でなら六月だろう。しかし二ヶ月過ぎた八月のため、年末に近くなる。しかし、何となくお盆は一年の折り返し点のように思ってしまう。
 お盆は夏の勢いが薄くなり、衰え出す。まだ気温的には夏だが、秋の気配が入ってくる。
「子供の頃はねえ、ボン、ボンとかオボン、オボンって言ってましたよ。振り子時計が時を告げているわけじゃないよ。そしてボンオドリという言葉が耳に入ってくる。漢字なんて知らないからね。ボンが盆だと知ったときも、食べ物を乗せる盆だと思ったよ。お盆ののような月が出たって唄があったねえ。だから、お盆は丸い。四角いお盆もあるけどね。しかし、そのお盆で踊るのが盆踊りかと思ったよ。みんなお盆を持ってね」
「お盆の思い出ですね」
「丸いお盆の思い出じゃないよ。盆踊りの思い出だよ。近所に村があってねえ、そこで盆踊りをやっている。そこへは連れて行ってもらわなかったけど、町内の公園に櫓を組んで盆踊り大会をやっていた。町内会の盆踊りだよ。隣近所の人も行けた」
「学校の校庭や、ちょっとしたグランドのある施設でもやってますよ」
「ああ、少し遠いが大きな会社のグラインドがあってねえ。そこでその会社の盆踊りをやっていたかな。それは関係がないから、連れて行ってもらえなかったがね」
「はい」
「しかし、幻のように思えるのは、町内の盆踊りなんだ。規模は小さく、人も少ない。露店も出ない。模擬店もない。あれは何だったのかと、大きくなってから親に聞いたことがある」
「自治会の盆踊りでしょ」
「そうなんだが、当時は消防団や婦人会や子供会などがあった。それらが合同で盆踊りをしたんだ。当時の自治会長が言い出したとか。これは一代で終わった。二年間かなあ。その会長が辞めてから、もう二度と盆踊りはしなくなった。準備が大変なためかもしれないねえ」
「だから、幻の盆踊りなのですか」
「小さい頃、二年続けて見に行った。親も踊っていたよ。子供らもね。特に踊り方はない。誰も練習などしていないからね。適当に、勝手に踊っていたよ。音楽は炭坑節だ。月が出た出ただ。踊っている主力というか、メインは婦人会の分会で、踊りの会のおばさんやお婆さんだ。普段は盆踊りの踊りじゃなく、日本舞踊だよ。だから、何々音頭の踊りは出来ない。全部同じ振り付けだ。よく炭坑節に合わせたなあと思うよ。その頃はそんな知識はなかったから、分からなかったがね。その他の人は適当に腕を動かしているだけ。腕だけでいいんだ。こういう踊りは。着物を着ているのは婦人会とお婆さんだけ。みんな普段着だ。ステテコとか、ランニングシャツでね」
「はい」
「子供の頃に見たこの二度しかなかった町内の盆踊りが頭に残ってねえ。あれが私の地元の、生まれた場所での、うちの盆踊りだったんだ。伝統も何もない。住宅地だからね。みんなよそから来た人ばかりで、地元の人なんていないよ。近くにある村の盆踊りは何百年も続いている。だから世話人もいるし、オリジナルの音頭さえあるんだ。だから、連れて行ってもらえなかったなあ。村人じゃないと駄目なんだ。先祖代々でないとね。盆踊りってご先祖さんへの供養のようなものだろ」
「はい」
「そう言えば、うちの盆踊り、提灯がなかったなあ。そこまで用意できなかったんだろうねえ。裸電球をぶら下げていた。それが生々しくてねえ。低いんだ。それに眩しい。また熱い。あの光は危険だよ。スポットライトを浴びているようなものだ。それで調子に乗れるんだろうかねえ」
「えーと、それで、怪談なのですが」
「え、怪談の話だったかい」
「そうです。盆踊りの怪談を話されていると思っていましたが。違いますか」
「ああ、だから、近くの村の盆踊りは毎年やってるし、学校の盆踊りもやってる。消えたのは、うちの町内の盆踊りだけだ。二回しかなかった。それが幻のように思えると、さっき言っただろ。それが怪談のようなものさ。風で裸電球が揺れると、踊っている人も揺れるんだ。これは怖かったなあ」
「少し遠いですが」
「いや、違うんだ。夜なんか、その町内の公園を通ると、炭坑節が聞こえてきたりする。田端義男もね。遠くから公園を見ていると、妙に明るい。かなり明るい。あ、盆踊りだって、言ってみたくなる。あの頃、家を出て公園方面へ歩いているときに見た、あの煌々とした明かりだよ。もう二度とあんな赤い光のある公園は見られないがね」
「それは今もですか」
「夏になるとね。それを年を取るほど見る機会が多くなった。遠い記憶なんだがね。小学校に上がるか上がらないか頃の話なのに、不思議と覚えているんだ。あとで親から聴いた話も加わっているだろうがね」
「怪談ではなく、幻の盆踊りと言うことでいいですね」
「そうだね。しかし私の中では怪談に近いよ。櫓が高くてねえ。その上に人が乗っているんだ。きっと自治会長だろう。音頭取りだ。あの人、かなり年を取ってから子供会の会長もやっていた。ああ言うのが好きな派手な人だったよ」
「はい。まだ続きますか」
「幻の中ではねえ。誰もいない公園に櫓だけが聳え、その上に会長がいるんだ。私の中だけの怪談だからね。これは私にしか分からない」
「子供時代の思い出として、大事にして下さい」
「そうじゃなく、今年も、あの公園に出るんだよ。盆踊りが」
「思い出しておられるのですね」
「まあ、そうだけど。しっかり見えすぎるから困る」
「はいはい」
 
   了


2014年8月18日

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