小説 川崎サイト

 

聞き耳の世界

川崎ゆきお



「夏は終わったはずなのに」
「暑いですねえ、まだ。夏の真っ盛りより、残暑の方がこたえるかもしれません。暑さ疲れが溜まっているのです。長く暑かったですからね、長いとバテます。ここらで平年なら涼しくなるはずなのですが、今年はおかしいですねえ」
「気温的には大したことはないのですが、どうしてこう蒸し暑いのでしょう」
「それそれ、蒸すんです。これは秋の空気じゃない。だから、暑い。仰る通り蒸し暑い」
「それで体調が崩れたのかどうか、よく分かりませんが、夏バテです」
「まあ、秋先に夏の疲れがどっと出ることがありますが、まだ暑い。だから、それとはまた違うのもしれません。普通に暑いのでバテたのでしょう」
 というようなことを喫茶店で老人達が話している。それを聞いていた青年は、他に話すネタはないのかと、少し可笑しかった。しかし、その後、野球の話になっている。首位の二球団が競り合っており、どちらが優勝するのか、分からない。この老人達は同じチームを応援している。だから、それで言い争うようなことはないのだが、その中の選手に対しての贔屓度が違う。お気に入りの選手に対しては、非常に親しみを込めて語る。その口ぶりはまるで身内だ。孫のように。そこで、少しだけ他の老人と食い違いが生じるが、大したことではない。言い争いになるようなことではない。
 また、同じ贔屓の選手でも、贔屓の仕方が違うし、褒める箇所も違う。ここで見方が違ってくるのだ。そしてそれは自分自身を投影しているのだと、青年は考えた。プレイしているのは老人なのだ。そこに自分自身を見出すのだろう。これはスポーツ観戦ではよくあることだ。 
 大相撲でも、自分と体型の似た力士を贔屓にしたりする。また、気質が似ていたりも。相撲と現実生活や仕事とは違う。しかし、前へ前へ出る力士、すぐに引いて相手を引き倒す力士、また曲者と呼ばれる技巧派の力士。これも自分自身の投影だろうか。
 さて、青年は聞き耳を立てるのを辞め、ノートパソコンを開け、仕事を始めた。これはやることがあるからやっている。仕事なのでやっていることだ。この仕事がなくなれば、こんな重いノートパソコンを持ち歩く必要はない。
 青年はブックマークしていた記事や、エバーノートなどでスクラップしていた記事を読み始めた。
 老人グループはケータイのままでいいのか、スマホはどうなのかと話している。しかし、結論は出ているようで、ケータイで十分と言うことだ。そして、妙な課金に自動的に引っ掛けられることや、何でもOKやイエスを押していると、知らない間にサービスを申し込んだことになり、契約したことになるので、危険だと。それは家族の誰かが、凄い金額を請求されたので、よく見ると、使っていない複数のサービスの基本料金だった。解約するには方法が分からず、電話も分からない。スマホは電話機なのに、電話で苦情も言えない。
 こういうことがあるので、スマホは危ないと。だからケータイで電話だけをやるのがいいのだと。新しいものには罠があり、知らない間にかかっている。そう言うことを語り出した。
 聞くつもりはなかったが、青年はまた耳を立てた。しかし、ふと思うのだが、スマホについて語っているが、それは本当にスマホだろうかと。
 きっと今売られているスマホについて語っているのだろうが、別の端末の話のように聞こえる。きっと同じメーカーの同じ機種であったとしても。
 
   了


 


2014年8月19日

小説 川崎サイト