蠱の作り方
川崎ゆきお
「長雨ですねえ」
「夏の長雨、これは涼しくていいのですが、厄介なことも起こります」
「冷害ですか」
「そこまでいかなくても野菜が育ちにくい。日照時間が短いですから、それよりも……」
「はい」
「昔は稲子が出た」
「イナゴですか」
「虫じゃない。稲の子だ」
「それは稲穂じゃないのですか」
「稲とは分離される」
「はあ。妙なことを。何ですかそれは」
「稲の茎や葉を見たことがあるかね」
「それはまあ日本中にありますよ。田圃のあるところなら。見たことのない人の方が珍しいでしょ。いや、都会で育ち、田圃など見たことがない人がいるかもしれませんがね。しかし少し郊外へ行けば、田圃はあるでしょ」
「長い茎だろ」
「そうですねえ。あまりじっくりと見たことはないです」
「あれは藁になる」
「藁も最近見ませんねえ」
「稲子は藁ではない緑の子だ」
「はい」
「それを稲子のミドリゴという」
「ミドリゴですか、嬰児ですよ。産まれたばかりの」
「それじゃない。緑の子だ」
「何ですか、それは」
「これは呪術でな。最近はやる人間はおらんが、稲の穂がまだ出る前の稲で折り紙のように人型を作る」
「胡散臭い話ですねえ」
「抜いては駄目だ。死ぬからな。それこそ藁になる」
「はい」
「依り代のようなものだな、それで編んだ人型は」
「それ、バッタと間違えそうですねえ」
「緑色のトノサマバッタほどの大きさだから、似ておる。しかし、形は人間だ。単純な形だがな。お雛さんも、昔はそんな草人形のようなものだったらしい」
「そうなんですか」
「稲子は生き人形だ。根と繋がっておる。だから成長もする」
「でも結構癖の付いた稲になりますねえ」
「依り代とは元来、神や精霊が乗り移るところ。しかし、この依り代、生きておる」
「それが呪術ですか。魔法ですか」
「これを仕込んでおくと、入って来るものがある」
「乗り移るのですね。稲子に」
「そうだ。すると、切れる」
「何が」
「茎が途中で切れる。それで分かる。繋がっておらん」
「はあ」
「その人型には脚も腕もあるが、羽根もある。それで飛ぶ」
「天使のようなものですね」
「エンゼルが、そんな仕掛けで入ると思うか」
「そうですね。やはり妙なものが入りそうですねえ」
「術者は、毎日見て回り、根が切れた稲子を回収する。早いほうがいい。まだ、入りたての赤子のような稲子なのでな。これを式神として育てる」
「それが稲子ですか」
「中に何が入っているのか分からん。大した精霊ではない。ただ、狐や狸ではない。虫系だろうなあ。
「それはマジモノですか」
「蠱だ」
「コ」
「虫が多い漢字だ」
「はい」
「稲の大敵は虫でもある。害虫だ。だから、虫が集まりやすい。そのため、虫の精霊が憑きやすい」
「根切りされた人型の稲子は枯れませんか」
「枯れて、藁になる」
「はい」
「これは脆いので、叩かれると壊れやすい」
「それを操るわけですね」
「式神を飛ばすのは紙飛行機を飛ばすよりは楽だが、非常に脆い」
「楽しい話、有り難うございました」
「なになに」
田圃で、老人が、そんな言い伝えを語った。
谷間で田畑が少ないため、まじもの師として出稼ぎに出た村人もいたとか。
了
2014年8月25日