小説 川崎サイト

 

妖怪談義

川崎ゆきお



 妖怪博士は新しい妖怪、つまり最近出てきたような現代妖怪が得意なのだが、その研究には古い妖怪についても知る必要があると思い、日頃から心がけている。これを心がけのいい人とは言わないかもしれない。何せ妖怪についての心がけなので。
 そんなとき、付き合ってくれるのが民俗学者の常田博士だ。この人も暇ができたので、二人でお茶をしている。実際に忙しいのは常田博士でで、妖怪博士は年中暇なのだ。だから、先方が暇なときに日時を合わせた。
「古い妖怪ですか」喫茶店に入った瞬間、妖怪博士が切り出す。挨拶もなにもない。そう問われて常田博士もすぐには答えられない。あらかじめ質問事項を言ってくれれば楽なのだが。
「古いと言うことですね、妖怪博士」
「はい」
「妖怪化する状況があります。そこをとらえるべきでしょう」
「たとえば」
 妖怪博士は鋭く問う。いつも、問われる立場なので、気持ちがいい。
「たとえば……ですか」
 やはり、急なので、常田博士も答えれないが、何とか探し出したようだ。
「カガシです」
「案山子ですか、田圃に立ってる」
「カカシじゃなく、あれはカガシなんです」
「ガですか」
「嗅がしです」
「ほう」
「嗅がすわけです。イノシシとか猿とかにね」
「何を」
「まあ、嫌がるものですねえ。イノシシなら、イノシシの肉でもいい。それで田圃に寄せ付けないようにするのです。だから、一本足のあの形にする必要はない。これではですねえ、作物を狙っている獲物によって違うんですよね。平野部の田圃ではイノシシは近付きにくい。だから鳥でしょうかねえ。今でもカラスや雀が来るでしょ。それで、ああいう形の人型にした。人がいると怖いので来ない」
「妖怪はまだですかな」
 これも、妖怪博士はよく突っ込まれたことだ。
「人型にしても、鳥も見抜きますよね。それよりも、もう嗅がすような、臭いで寄せ付けない意味でのカガシの意味を失っている。しかし、あれをカガシと呼びます。もう嗅がさないのにね。この次元では妖怪は出ません」
「まだですか、次のステップがあるのですね」
「はい、カガシに今風の服を着せても、また見破られる。だから、そんなに効かないことは分かっているのです。実際には別方法、たとえば光るものや、風で音が出る鳴子のようなものの方が効きます。山田なら鹿脅しでしょ」
「じゃあ、一本足の案山子は意味がない」
「そこです妖怪博士」
「はい、どこです」
「それなのに立っているのは、または立てているのはどうしてでしょう」
「アクセサリーのようなものだと」
「そうそう。しかし、ただの飾りじゃない。そこに呪術的なものが入りこんだ瞬間です。まじないのようなものです。あれは、田圃を守っている神様が入っているのだと」
「立体お札のようなものですか」
「まあ、そんな感じですが、護符はただの呪文が書かれている紙切れ、板切れとしては見ないでしょ」
「ああ、はい」妖怪博士は曖昧に答える。このステップがやや粗いと思ったのだが、話の流れを邪魔するわけにはいかない。
「それが妖怪の発生ですか」
「まだ、発生していません」
「じゃ、いつ」
「カガシから案山子になってもまだ妖怪は発生しないのです。後で誰かがが案山子を使った妖怪を発明するかもしれませんがね。もう嗅がす必要はなく、また、鳥も追い払えない。それなのにまだあるというのは、中に神様がいるからです」
「何の神様です」
「田の神様でしょ。つまり、山から降りてこられた山の神様です」
「はい」
「案山子には神様の片鱗が入っていますが、そうでない場合、物の怪になる。つまり妖怪になる。これが妖怪が生まれる初期の段階で、最初はおそらく神様なんでしょうねえ。要するに、案山子を邪険に扱ったり、収穫後に案山子祭りをしないで放置すると神様が妖怪になる、物に入るので物の怪なんです。祭らなくなった物は、祭ろわぬ物となります、即、妖怪です」
 その後、常田博士は秋祭りの後、この案山子も祭る儀式があることを懇々と話した。神様は見えないので、案山子をその代理のように見立て、見えるものとして便利なので、使ったとか。
「神様がいつ妖怪と入れ替わるかですねえ、常田博士」
「はい、それは人々の認識の変化で、生活様式や、新しいものなどが入ったとき、または新し神様を受け入れたとき、変わるのでしょうねえ。人々が変えるのです。時代が変えるのです」
「ありがとうございました。常田博士」
「いえいえ、先人がすでに言われていることをコピペしただけですよ」
「真似損ないも妖怪の発生になりますかな」
「はい、なるでしょう」
 妖怪博士は丁寧に礼を述べ、散会した。
 
   了


 


2014年9月3日

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