小説 川崎サイト

 

発想法

川崎ゆきお



「何に思い巡らすかでしょうなあ」
「日々、何を思っているかですか」
「大概は目先のことだが、それをやっているとき、ふと目に付くものや、言葉などがある。テレビを見ていたり、新聞を読んでいるときにね。そのこととは違うことを思い出すんだ」
「それは、目の前のことじゃなく、遠いところですねえ」
「近くのもあるよ。ふと爪が気になったりね。これは近いでしょ」
「近いですねえ」
「まつげが気になったりする。これは目からすれば最短距離だが、意外と見えない。近いのにね。一番は目玉そのものだ。これは見えないだろ」
「いくら奧目の人でも見えませんねえ」
「見るだけじゃなく、ある事柄を思い出し、それに思い巡らせることがある。これはかなり遠い場合もあるし、当然過去の思い出なども含まれる。人物もね。建物や風景などもだ」
「そういうのが何か」
「目の前のことを考えないで、あるいは見ないで、そういう副産物のようなものに目が行く、思いが行く。これは雑念に近いのだが、何かのきっかけになる」
「それは自発的なのですね」
「誰かから言われたから考えることも多いがね。これは目先だろ。その人の要望を聞いてあげないといけない。だから、非常に実用的で、現実的だ」
「みなさんもこの問題に関して考えてください。目を向けてください……というアピールがよくありますね」
「それを言っている人の首筋の線が気になり、そこばかり、気になる。と言うとだめだろ。しかし、意外と、それが気になる」
「はあ」
「これは何かと考えると、言われるからだめなんだ。やはり自分で自発的にというか、自然に思い浮かぶことが大事なんだ。だから、非常に有益なアピールでも、首筋の線には勝てんのだ」
「そんなに首筋の線が気になりますか」
「それを言っていた人に関してはね。これは皺なのか、何か首に付けているのか、たるんでいるのか、それが気になってねえ」
「はい」
「それから、演説の最後の方で、いかがなものかと思います……なんてあるねえ。それを聞いていて、夕食前なので、イカはどうかなあ、と思ってしまった。イカのツクリが食べたい。いや、寿司でもいい。帰り道、そうしょう。いや、寿司屋でイカだけを食べるのはそれこそ、いかがなものかなので、飲み屋でイカ焼きを食べよう。一匹丸ごと焼いたようなやつをね。そうなると店屋は何処がいいかだ。そこで、思い出した。その日は縁日が近くにあり、露店が出ている。そこでイカの丸焼きが出ているはずだ。それにするか……などなどだよ」
「うーん、それは少し違うと思いますが、ただの雑念でしょ」
「メインから外れると雑になるもしれんが、大した話じゃなければ、メインというほどじゃないでしょ。少なくても私にとっては、それ以上興味がなかったことになる。夕食の方が大事だとね」
「どちらにしても、そういうのは何でしょうねえ」
「それだけを見ている、聞いている、考えているわけじゃないってことだよ。まあ、当たり前の話だけど」
「ああ、はい」
「それを少し踏み込む程度だねえ」
「それで、屋台のイカ焼きまで行くのですか」
「手をどうするかだ。拭くものを持ってきていない」
「はあっ」
「鼻紙もハンカチも持ってきていない。あの屋台のイカ焼き、手に付くんだ。汁が。私は必ず手を汚す。口元もだ。それを早く洗いたい。その前に拭きたい。すると、今度はその縁日をやっている場所に手を洗う場所があるかどうかだ。これは公衆便所じゃだめだ。あそこでは洗いたくない。できれば、境内でよく見かける手洗い。柄杓を使うやつだ。いいところだと、手ぬぐいがぶら下がっていることもあるんだ。あれはお参りする前に手を洗う。まあ、せめて手や口だけでも清めるわけでしょ」
「はい」
「で、そこまではいい。これで解決だ。しかし、その神社、何を祭っているかだ。神社って神様がはっきりしない。お寺なら本尊でだいたい分かる。宗派も分かる。書いてあるしね、山門に。しかし、繁華街近くの神社、何かよく分からん。いろんな神様が雑雑とあったりする。本殿は天神さんだと思うが、八幡さんかもしれない。するとねえ、今度は八幡太郎って誰だろうと、そちらへ行く。この人にはライバルはいたのかなあとかもね。天神さんは道真だろ。これはライバルに追い落とされたわけだから、分かる」
「先生、もうそのぐらいで。きりがありませんから」
「いやいや、普段は、こんなこと口にしないよ。発想法について聞かれたから、答えただけだよ。多少オーバーに言ったがね」
「はい、ありがとうございました」
 
   了


2014年9月7日

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