小説 川崎サイト

 

パニック

川崎ゆきお



 人は引いて見る、客観的に自分を見るというのは難しい。ただ冷静になれるときはいいが、そんなことを思うのは大概が面倒なときで、冷静でいられないときだろう。そんなときに冷静になれるのはよほどさめた人だろう。または鈍いのかもしれない。そうなると、冷静だが鈍い人になる。
「確かにパニックになったとき、落ち着けって言っても無理ですねえ」
「尻に火がついているようなものでしょ。まず、それを消さないと。それに気になって仕方がないですしね」
「しかし、パニック状態で、人はどう動くかは、実際に起こってみないと分からないです」
「ほう」
「冷静になれたり、なれなかったり、その分岐点は分かりにくいのです」
「はい」
「だから、パニックなのです。何をやるか分からない状態です。そのパニック状態になったときは、パニックです」
「はあ?」
「だから、頭がパニックです。とりあえず走り出すとか、動けなくなってしまうとか、判断そのものができる状態ではないとか」
「あ、はい」
「パニックのとき、冷静にと言う判断を誰がするのか」
「本人がでしょ」
「その本人の頭がパニックになのですよ。だから、判断できるのなら、それはパニックではない」
「状況がパニックでも、その中にいる人の頭もパニックになっているか、いないかも大事です」
「そこが分かりにくいのです。意外と静かだったりもします。あまりにも大きなパニックだとね。些細なことの続きをやったりとか」
「僕はパニックが起こったとき、生き生きします」
「パニックにならないで、生き生きですか」
「何かお祭り騒ぎのようで、はしゃいでしまいます」
「はしゃぐ?」
「調子に乗ります」
「調子?」
「テンションが上がるのです」
「ほう」
「特に騒ぎが好きなんです。暴れ乱れているのが」
「そういう人もいるのですねえ」
「でも、自分の尻に火がつけば、それどころじゃないと思いますよ。そういう経験は何度かありました」
「そのときはパニックになりましたか。頭の中」
「何とかしないと、ということを思いました」
「じゃ、パニックにはなっていない」
「ただ、普段の思考回路とは違う回路をとりましたねえ」
「どういう」
「自分だけは助かりたいと」
「じゃ、普段はみんなのことを考えて行動しているのですね」
「それは自信がありませんが、一応表向きは」
「それで」
「このとき、やっと自分らしく動けると思いました。それは本当は普段から自分のことしか考えていないものですから、そのときだけは、臭い芝居をしなくていいんだと」
「地金が出たわけですね」
「はい、メッキや塗装が剥がれましたよ」
「まあ、そういう人ばかりじゃないとは思いますが」
「はい。でも、普段ずっと我慢して芝居をやっている人も多いですよ」
「非常時に、人はどう行動するか、その参考にします」
「いえいえ、意外と、自分のことしか考えていないような人が、人のために犠牲になってまで助けることもあるんです」
「あ、そうですか」
「頭がパニックになったのでしょ。普段とは違う善人になったりします。まあ、起こってみなければ分からない。また、状況で、動きが変わりますよ。それこそ、パニックです。人柄や性格などと関係なくね」
「ああ、はい」
 
   了

 


2014年9月11日

小説 川崎サイト