小説 川崎サイト

 

マウンテンバイク婆

川崎ゆきお



 毎朝ショッピングセンターの喫茶店でモーニングを食べるのを日課にしている村田は、今日は土曜日であることに気付いた。それは自転車置き場がもう既に一杯で、止める場所を探さないといけないためだ。開店後すぐにそんな感じになる。開店一番に来ている客が多いのだろう。
 村田は正面ゲートが開くまで並んで待つようなことはしないが、数分の遅れが自転車置き場での苦労になる。それは連日ではなく、土日か祭日に限られている。例外としてポイント五倍セールとかを平日にした場合も、土日並の人出になる。
「今朝は自転車が多いから土曜か日曜だな」
 ポイント五倍の日は、幟があちこちに立っているので、それで分かる。だから、平日ではない。もし、平日に自転車置き場が一杯だったとすれば、異変が起こっていることになる。村田は何年も通っているが、平日にそんな光景を見たことは一度もない。あれば、何がどうなったのかと考え込まないといけない。それは予想外と言うより、あり得ないことに近い。
 雨の日は雨量計になる。雨量により自転車の数が違う。台風などが接近し、雨が降っていると自転車は四分の一ほどになる。好きなところに止められる。それなりに強い雨なら半分ほど。小雨程度なら二割ほど少ない。そういうことを村田は自転車置き場が見えてきたときに分かる。これは観察をしているわけではない。自転車を止める場所を探しているだけで、一番いいのは玄関ゲートに近い場所だ。ここは早い者勝ちで、遅く来た場合、まず空いていない。次は雨の日だ。これは建物の二階が少し出っ張っており、少しだけ屋根の役目をしている。その下が特等席だ。ここは滅多に空いていないが、それに準じる場所から詰まっていく。雨はかかるが、少しはましなのだ。これは風の具合にもよる。その判断は地面を見れば分かる。濡れているか、乾いているかで。
 だから、今朝は土曜か日曜で、おそらく昨日は混んでいなかったので、土曜だろう。日曜なら、昨日、混んでいたことを思い出すはずだ。
 ここまでは予想通りで、昨日の金曜日とは様子が違うが、いつもの土日祭日の光景と同じだ。ただ、どんな客が来ているのかは分からない。いつもの客かどうかは分からない。当然自転車もそうだ。
 しかし、一人だけ気になる人がいた。お婆さんだ。自転車で来ているのだが、目を疑った。乗っているのがスポーツタイプのタイヤの太いマウンテンバイクなのだ。それに強引に前カゴを付けていた。当然前傾姿勢で、あえてハンドルを高くしていない。これはやればできるはずなのだ。当然サドルも高い。片足のつま先がつくかどうか、ぎりぎりだ。その老婆のマウンテンバイクが自転車置き場に現れたときは、さすがに驚いた。事情を知りたい。それだけのことだが。
 しかし、この老婆、若い頃マウンテンバイクの大会などに出たことのある人だったのかもしれない。それが癖になり、普通のハンドルの高いそして、鉄の塊のような重いママチャリに乗るのが苦手なのかもしれない。
 さすがに、これを目撃したのは一度だけだ。だから、そういった目立ったものがない限り、人や自転車など見ていない。普通の男性がマウンテンバイクに乗っていても気にならないだろう。それが老婆であったことが珍しかったのだ。
 今朝は少し変わったものを見たのだが、いつものように村田はショッピングセンターのゲートを潜った。
 
   了


 


2014年9月15日

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