小説 川崎サイト



干支人形

川崎ゆきお



「この人が見た化け物も妙でね。まあ、化け物はみんな妙なものなんだけど」
「お聞かせください」
 住職は番茶をすすりながら語り始めた。
「干支は知ってるね」
「動物ですね」
「それが羽織り袴で来たんだとさ。お婆さんの家にね。お婆さんは古い家に一人で住んでいてね。わしんとこの檀家さんで、それでこの話を奉納しに来たんだよ」
「話の奉納ですか?」
「人に話せば、去る化け物もいるんだよ」
「なるほど」
「正月二日目の出来事でね。お年始で来られたらしい。その十二人の方々がね」
「方々と言っても、化け物なんでしょ」
「首から上がね。つまり頭が干支なんだよ。兎とか、猪とか、虎とか」
「それは被り物ではないのですか?」
「十二人もの人間がそんなことをするかね。それに蛇なんて、被り物にしては頭が小さすぎる」
 住職は木の箱を開けて見せる。長細い箱の中に干支人形が入っていた。
 その中の蛇を手にして、見せる。
「ああ、これですか。確かに羽織り袴で頭だけ」
「ね、この蛇、頭が小さいでしょ。人間の頭は入らないでしょ」
「この人形は何処から?」
「お婆さんが持ち込んだものです。これも奉納品ですよ」
「何となく様子が分かりました」
「人間がお年始に来たわけではないですよ。大人と同じ背丈があったらしいですが」
「その箱はいつもは何処にあったのでしょう?」
「蔵から出して来たとおっしゃっていましたね」
「お婆さんとのかかわりは?」
「さあ、うんと昔からあったんでしょうね。嫁ぐ前から」
「では、化け物を見て、蔵の中の干支人形を思い出したわけでしょうか」
「そうだろうね」
「この手の話はよくあるんですか」
「下を見ますか?」
「下?」
「奉納堂の地下です。人形がびっしり収められていますよ」
「いや、遠慮します」
「これはねえ、あなた、幻覚なんかじゃないんだね。きっとあなたはお婆さんの精神的な病だとお思いだ」
「ではないと」
「じゃあ、奉納堂の地下を今からご覧いただきたい。大変なことになっておりますよ」
「このまま失礼します」
 新聞社支局の沢田は、この住職の脅しに屈したふりをし、寺を出た。
 これが新人へのこの寺での歓迎式だったようだ。
 
   了
 
 



          2007年1月10日
 

 

 

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