小説 川崎サイト

 

心の故郷

川崎ゆきお



 誰でもそうだが、自分の居る場所から考える。何かが起こったとき、自分の居場所は大丈夫かと心配する。遠く離れていると心配の質が違う。それこそ余所事として気にもかけないこともある。遠くの出来事でも何らかの関係があるのなら別だが。
「自分の居場所ですか」
「そうです。それが中心になる。逆にそこを基点にしない方がおかしい。まずは足下からでしょ」
「それは住んでいる場所のことですか」
「居場所にもいろいろある。複数あるかもしれん」
「複数」
「まあ、寝起きしている場所。住居だね。住んでいる場所だ。少し離れた場所に仕事場があれば、そこも居場所に近い。住居も引っ越せば、もうそこは居場所ではない。毎日のように通っている仕事先関係もね」
「はい」
「また、人間関係における居場所もある」
「そこまで広げますか」
「何か事が起こったとき、自分のグループでなければ、ほっとする。被害が出たのは敵のグループでね。私のところではないときかな。逆に敵のグループだったとするとチャンスだよね」
「ビジネスの話ですか」
「だから、仕事は変わることもあるだろう。一生その会社に通うわけじゃない。大概は定年になれば、もう切れる。個人でやっている生業もそうだ。こまで行けるかどうかも怪しい。だから、会社も居場所としてはふさわしくない。しかし、当分は居場所だろうねえ。家族もそうだ。しばらくは一緒だ。しかし徐々に離れていく。兄弟が独立したりとかね。隣近所もそうだ。昔からのお隣さんも居なくなったりするしね。また人間関係も薄くなると居場所じゃなくなる」
「それで、何でしょうか」
「だから、もう一つの居場所があるんだ」
「はいはい。それが本題ですね」
「非常に臭いが、心の故郷だ」
「臭いのですか」
「この言葉がね。古臭いし」
「はい。心の故郷なんて、歌があれば、臭いです」
「そうだろ。カラオケでマイウェイを歌っているようなものだ。だから滅多に人前では口にできん」
「それで師匠、心の故郷とはどんなものでしょうか」
「君が思っている心の故郷と、同じだと思う。言ってみるかい」
「嫌です。臭いですから」
「そうだろ。それは言わず語らずのままでいいんだ。第一、そんな心の故郷など、何処にも存在しないのだからね」
「はい、心の中、胸の中だけです」
「簡単に胸の内が語れないようなものさ」
「腹の中もそうですねえ」
「そうだねえ、心臓や胸と違い、腹の中にはいろいろごちゃごちゃしたものが入っているからねえ。食べたご飯や、大便もね」
「しかし、たまに思いますよ。心の故郷を」
「そこが居場所なのだ。ところが、それは存在しない。だから、簡単には消えない。ないんだからね」
「はい」
「しかし、その居場所。足を置く場所がない」
「精神的な何かでしょ」
「恥ずかしいことを言うねえ」
「あ、そこまで行けば、その話になるでしょ」
「心の故郷は実は居場所ではない。なぜなら、故郷なのでな。まあ、地方から出て来た場合の故郷を思えばいい。故郷はあるにはあるが、そこで暮らしてはいない。だから、居場所ではない」
「え、心の故郷は居場所じゃないのですか」
「居ないからいいんだ」
「はい」
「心で思うのみ」
「師匠」
「何だ」
「今日一番の臭さでした」
「心の故郷は臭いものなのじゃ」
「だから、口にできないのですね」
「ぎょい」
 
   了



2014年9月17日

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